今回は、前回に引き続き“柔軟な発想力”を考える。前回は発想力を生かすために重要な“顧客の目的”などを説明した。今回は、さらに柔軟な発想力を身に付けるためのトレーニング方法などを紹介する。
前回は“柔軟な発想力”の前半として、発想力を生かすのに重要な“顧客の目的”を理解するために、顧客満足度について解説しました。今回は柔軟な発想を理解するための例をもう1つ紹介します。さらに柔軟な発想力を身に付けるためのトレーニング方法を紹介します。
世の中には「そんなむちゃな……」というような難題にぶつかることがあります。今回の例もそんな1つです。
A社は社員数4000人ほどのメーカーで、製品開発から製造、そして販売までを行っており、昨年には創業30周年を迎えた歴史ある会社だとします。
社長 ここのところ、景気の落ち込みでわが社の業績も非常に厳しい。販売部門はいろいろな策を講じて業界の中ではシェアを伸ばして健闘してはいるが、マーケットの冷え込みを考えると現在以上に売上数を伸ばすことは難しいだろう。
生産部門も購買と協力するなどして、製造原価の圧縮をしてきている。製品のコスト削減もこれ以上はきついかもしれないと考えている。さらなるコストカットを進めるには、固定費である人件費にメスを入れざるを得ない。そこで、人事部長の君に知恵を絞ってもらいたい。
私からのリクエストは次のとおりだ。
社員たちはこの状況下非常によく健闘している。人件費は削減したいが、彼らの給与を減らすようなことをしたら、社員の士気はがた落ちになる。そんなことをして短期的に収益を回復させても翌年以降に企業の力を大いに落とすことになってしまう。リストラを実施した場合も、給与カットと同様に社員の士気はがた落ちになってしまう。難しいことは分かっているが、この難題に対するソリューションを提示してほしい。
さあ、皆さんならこの難題にどのようなソリューションを提示しますか。通常人件費は次の式になるでしょう。
総人件費=社員数×社員の平均人件費……式1
左辺の総人件費を10%削減するためには、どう考えても右辺の社員数を減らすか、平均人件費を削減するかが必要になります。論理的に考えるならば、社長からのリクエストは「そんなむちゃな……」のパターンですね。
社長の難題に対する答えの1つをご紹介しましょう。ポイントは2つあります。
1.リストラを実施せずに社員数を減らすことができないか
2.社員各人の給与を下げずに平均給与を下げることができないか
創業30周年ということですから、社員の年齢構成は若手からベテラン社員まで幅があります。つまり毎年、定年退職により一定人数減るということです。その代わり毎年新卒採用により人数が増えますが、今年、来年について下記の式のようにすればよいことになります。
定年退職者数>新卒採用数……式2
20歳代前半?59歳の社員がほぼ一定の割合で4000人在籍しているとすれば、毎年の定年退職者数は100人となります。
4000人÷40年=100人/年……式3
これに転職などの定年退職以外の理由による離職率を9%だとします。すると、1年間で社員数は460人(100人+360人)減少します。さらに定年退職者は若い世代より給与が高いので、先の式1に当てはめてみると人件費削減10%を楽にクリアできます。実際には退職者の補充をしないということはできませんから、後はそこをどうクリアするかです。
実は退職した社員の補充を調整することは可能です。例えば、ある部門で1年間に3人が退職したとします。その際、社員を1人補充し、もう1人を派遣社員やパートタイマーで補充します。あと1人分は、業務の効率化や合理化などの仕事の工夫で実現します。社員たちの工夫次第では、社員の給与を逆に増やすことも可能かもしれません。
これによって、先の2つのポイントをクリアすることができそうです。また、難易度に応じて業務を整理して一部の仕事を派遣社員にシフトするなど、自分たちが行っている仕事を積極的に工夫し、合理化する機運も高まります。そしてそれらの工夫と活動により、社員は自らの力で利益を高めることにもつながり、結果としてリストラに委縮したり給与カットを心配したりすることもなくなるかもしれません。
実はこの事例はフィクションではなく、ある会社の役員の方から聞いた実話です。社長からの「そんなむちゃな……」という難問も、柔軟な発想によりソリューションは考え出せるという実例です。
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