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» 2005年07月30日 12時00分 公開

オフショア開発時代の「開発コーディネータ」(11):本当は付き合い残業したくない〜中国に無言の圧力 (1/3)

日本のソフトウェア業界には、「技術者の残業なしには、仕事が成立しない」という伝統的な価値観があり、「付き合い残業」や「けん制残業」が日常的に行われているのが実情だろう。今回は、このような日本独自の慣習に対する中国人の反応や、「中国人の間では、残業する社員は生産性が低いと評価される」といった話などを紹介する。

[幸地司,アイコーチ有限会社]

「私は、日系企業に勤める中国人社員です。うちのボスは、仕事がないときでも定時で帰るといい顔をしません。どうしたらいいのでしょうか?」

 筆者は中国でこのような声をよく聞きます。日本のソフトウェア業界には、「技術者の残業なしには、仕事が成立しない」という伝統的な価値観があります。そこでクローズアップされるのが、古くて新しい話題「中国人の残業問題」です。

 日本では、惰性や罪悪感から「付き合い残業」や「けん制残業」が日常茶飯事に行われているのが実情でしょう。しかし、中国社会にはこの慣習がなじまないのです。今回は、このような日本独自の慣習に対する中国人の反応や、「中国人の間では、残業する社員は生産性が低いと評価される」といった話などを紹介します。

中国では、残業する社員は生産性が低いと評価される

 上海の日系企業に勤める中国人は、「うちの会社は残業が多い」とよく愚痴をこぼします。特に、上海の若者の間では、「欧米企業は残業が少ないうえに給料は高く、仕事の環境が良い」というのが、もっぱらの評判です。

ALT ハゼ(魚)の水餃子

  日本企業の一般的なSEマネージャは、心の中で「他人に仕事をさせていることへの罪悪感」を持っているという説があります。そのため、「部下が頑張っているのに、自分だけが早く帰ることはできない」という気持ちがわき上がり、それが「付き合い残業」や「けん制残業」を生むのだという説です。ある種の人にとっては、耳の痛い話でしょう。

 筆者のメールボックスには、連日オフショア開発メールマガジンの中国人読者からご意見やご感想が寄せられます。日本の「付き合い残業」についても、ある中国人読者から厳しいご意見がありましたので紹介します。

-----Original Message-----

付き合い残業は、日本企業文化の1つだと思います。特に大手企業でよくある現象だと感じています。

「部下が頑張っているのに……」や「上司が帰らないと帰りにくい」といった、お互いに相手を思いやる優しい気持ちですが、その半面、残業しないと頑張ってないと思われる恐れもあります。ですから、企業としては、ノーメリットだと思います。

もちろん私も、「付き合い残業」で悩んだ経験があります。周りが残業している中、自分だけが先に帰宅するのは、たとえ仕事がはかどっていたとしても、本当に異物と思われる気持ちがありました。

中国では仕事の生産性を重視し、「残業しなくてはいけない社員は能力が低い」と思われる傾向があります。ですから、本当に差し迫っている場合を除いては、残業はしたくないのが本音です。付き合い残業は当然少ないです。

-----Original Message-----

 率直なご意見・情報をお寄せいただき、誠にありがとうございます。

 ささいな言葉遣いの問題かもしれませんが、付き合い残業を断ると、「本当に異物と思われる気持ちがありました」という感覚を、筆者は面白いと感じました。もし、日本人の筆者が「付き合い残業」を断ったとしたら、ある種の罪悪感が生まれて、何か「いたたまれない気持ち」になるでしょう。前出の「本当に異物と思われる気持ち」とは、残業する他社員への罪悪感が含まれているのか、それとも純粋に自分が異物となることへの違和感・嫌悪感なのでしょうか。これは、異文化コミュニケーションを理解するうえでの、重要な鍵だと思います。

 「和」を重んじる日本社会では、私たちは日常的に「罪悪感」を感じています。しかし、中国をはじめとする国際社会では、まったく理解されないケースがあるかもしれないのです。少しずつ事例を集めて、異文化コミュニケーションへの理解を深めていきたいと思います。ぜひ、皆さんの周りにいる外国人従業員のコメントに耳を傾け、面白い意見が聞けた場合には筆者までお知らせください。

 ところで、もしあなたが、職場の中国人から上記のような悩みを持ち掛けられたとしたら、どのように答えればよいのでしょうか。あなたが質問者の状況をよく理解していれば、臨機応変に適切な助言を与えることができるかもしれません。ところが、質問者の状況をよく知らないうちに、安易に「日本人はこうだ」や「これだから中国人は……」と反応することだけは慎みたいものです。

 もし、あなたがその問題を大きく扱うつもりがなければ、上海に住む日本人の人材コンサルタントから教えてもらったせりふを使って、うまく笑い飛ばしましょう。

「ハハハ、日本(あるいは中国でも)も同じだよ(笑)。キミは“自分の仕事は済んだ”と思っているが、キミが思っている作業範囲と、ボスが思っている作業範囲のレベルが違うだけだよ」

中国企業に残業の概念ができたのは、ごく最近のこと

 ここで質問です。そもそも、近代中国(近代共産主義国家)に、残業という概念があったのでし ょうか。中国に残業の概念ができたのは、いつのころからだと思ますか?

ALT 日本向け建築CAD制作現場

  前節では、事例や中国人技術者の声を挙げて、日本と中国の「残業観」を考察しました。ところが、これまで議論してきた「残業」は、日本企業の常識の範囲内でしかないことにお気付きでしょうか。日ごろお世話になっている中国ビジネスの専門家から指摘を受けて、筆者もはじめてそのことに気が付きました。以下に、そのときの会話を記します。

――もちろん、中国にも昔から残業はありますよね?

中国ビジネス専門家(以下、専門家) そもそも、近代中国(近代共産主義国家)に残業という概念があったのでしょうか。また、仕事を完了する、終了する時間的な定義や目安はどこにあったのでしょうか。

 ここでは自営業者ではなく、純粋に雇用される側の問題だと思ってください。例えば、一般的な国営企業の従業員を想像します。彼らにとって「仕事を完了する」とは、誰のための行為なのでしょうか。さらにいえば、仕事の役割分担における個人個人の価値観、評価はどうなのでしょうか。

――最近の中国ベンダの技術者は、残業もいとわずよく働きますが……

専門家 中国に残業の概念ができたのはいつのころからだと思いますか。実のところ、中国に残業の概念ができたのは、ずいぶん最近になってからなのです。企業に対して、残業代の支払いを義務付ける法律ができたのも最近のことなんですよ。また、残業までして仕事を終わらせることは、他人の仕事を奪うことになったのが共産主義国家、中国だったのです。

 現在の法律で決められた残業手当の割り増し率は、ご存じですか? まじめに払うと、かなりのコスト増になるのが現実です。残業をする、しないの背景には社員だけでなく、経営者の意思も働いている場合があります。

 中国における「残業をする、しない」の議論は、もう少し中国の歴史観と制度面を理解しながら「なぜ! どうして?」を議論しないと、われわれ日本人の感覚だけの議論では的を射ない場合があると思います。

――若い中国人技術者だけでなく、世代間の価値観の違いにも気を使いますね。

専門家 「価値観の違い」には、その国、特有の歴史的背景と文化・民族性の違い、制度・仕組みの違いが、必ず背景にあります。大切なことは、付き合い残業うんぬんを議論する前に、彼ら(中国人)の残業感、残業への感覚というものを直に聞いてみたらどうでしょうか。目的を共有し、目標を明示すれば、彼らも日本人と変わらない仕事ぶりを発揮するのは間違いありません。

 とかく日本人は、己の物差しだけで他人を評価することがよくあります。私が何かを判断する場合や悩む場合、事例や先例がないときは「人間として正しい道」であるかを自問するようにしています。そこには日本人も中国人もありません。

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