ベンダ企業と比較して、ユーザー企業のIT部員育成は広範囲な問題を抱えているため、従来のようにIT部門としての明確なキャリアパスを策定することができなくなってきた。真の解決のためには、個人の将来を考えた育成計画、IT部門だけでなく全社的な視点での育成計画が求められている。今回はユーザー企業のIT部員育成の問題を考える。
部下の育成で悩んでいます。適切な育成計画を作るには、どうすればよいのでしょうか?
中堅製造業のIT部長です。実は部員の育成で悩んでいます。急速に発展する技術に追いついていく必要があるのに、部員数は削減されるうえに仕事が多忙で、精神的にも余裕がありません。経営者や業務部門からもIT部門が消極的だといわれていますが、これ以上仕事を増やしたくないというのが正直な部員の気持ちでしょう。それを打破するためにも、適切な育成計画を作りたいのですが、どうしても非現実的なものになってしまいます。どうしたらよいのでしょうか。
ベンダ企業におけるIT技術者育成と比較して、ユーザー企業におけるIT部員育成は広範囲な問題を抱えており、従来のようにIT部門としての明確なキャリアパスを策定することが困難になってきました。また、ややもすると自己努力によってスーパーマンになることをIT部員へ要求しがちですが、結局はないものねだりの精神論になりがちです。それでは真の解決にはなりません。個人の将来を考えた育成計画、IT部門だけでなく全社的な視点での育成計画が求められます。
ユーザー企業におけるIT部員育成の問題は多様です。
○情報技術の習得
○業務知識・経営知識
○IT部門への締め付け
これらは、互いに関連しています。例えば、「技術進歩が急速で、その習得についていけない」のは、本人の総力や意欲にもよるでしょうが、「多部門にわたる対象業務が多くなってきて、その調整に追われる」ことなどによって、従来よりも調整に時間がかかるだけでなく、「IT部員の人数が削減され、ますます多忙になっている」ので、物理的にも精神的にも余裕がないことが原因だともいえます。
また、「コスト削減」や「業務密着」の要請から、オープン化やWeb化への移行が求められますが、それには「レガシー環境で育ったベテラン」が「技術進歩へ対応」するための準備期間が必要になります。さらに「期間短縮」が要求されるものの、ベテランは現行システムの保守運用で多忙であり、若いIT部員や社外要員だけがオープン環境での開発をするので、「ベテランのスキルがオープン環境では生かされない」ことにもなります。
表面的な問題点への対処を考えるのではなく、このような原因の分析をしましょう。それによって、表面的な事象とは異なる根本原因が発見できます。根本原因のうち、主なものを解決することが重要なのです。
IT部員のあるべき姿を示すことは容易ですし、雑誌や講演でよく指摘されています。しかし、その多くはIT部員にスーパーマンになれというようなもので、現実的ではありません。どうして、そのような理想像を求めてしまうのか、現実にはどのような困難があるのかを考える必要があります。さもないと、IT部員へのないものねだりになったり、単なる精神論になってしまいます。
(1)IT部門だけの努力では解決しない
○技術進歩に追いつかない?
ITベンダ企業のIT技術者ならば、ある特定の分野(せいぜい2つ程度の分野)に精通していれば、十分にIT技術者として仕事ができますし、それなりの評価が得られます。医者に例えると、心臓外科や高血圧内科の専門医になればよい、というわけです。
ところがユーザー企業(特に中堅、中小企業)のIT部員は、IT化戦略策定からネットワークトラブル対応、JavaやCOBOLプログラムのメンテナンスまで、外科、内科、精神科、歯科をすべてこなせるような万能医・スーパードクターであることが求められてしまいます。
しかも、家庭医であれば専門医院を紹介すればよいのですが、IT部員は(特に経営者に理解がないとか、予算がないなどとなると)、できるだけ自力で解決することが求められます。それに応えるには、素人だからという中途半端な知識では対処できません。すべての分野でベンダ企業のIT技術者と同等の能力を期待されているのです。当然、このようなスーパーマン期待論には無理があります。
○人が足りない?
それを回避するには増員要求が考えられますが、多数の増員は困難ですので、部分的な解決にはなるにしても、根本的な解決にはならないでしょう。積極的に社外要員を活用するとかアウトソーシングすることも必要ですが、コスト増加を伴うことが多く、簡単には実現しません。生産性の向上を図ることが重要ですが、適切な環境やツールを導入して、IT部員に新技術を習得させるには、そのために必要な物理的・精神的な余裕がありません。
根本的な解決は、無駄をなくすことです。要求分析がいつまでも決まらない、過剰な要求になる、後になってから要求が変わるといった要求分析段階での無駄をなくすことが必要です。また、データウェアハウスのような情報検索系システムを普及させることにより、利用部門がIT部門に細かな要求をしないようにすることが必要です。経営者が費用対効果を厳しく追及するために、不毛な調査や報告をする無駄もあります。しかし、これらの無駄の回避を図るためには、IT部門の努力だけでなく、経営者や業務部門が当事者意識を持つことが求められます。ところが、現状はそれとは程遠い状況です。
(2)経営者や利用部門との関係を変えよう
経営者や利用部門との関係では、「業務をよく知ろう」とか「技術指向から経営指向へ」などといわれています。これらは重要なことではありますが、ややもするとIT部門への一方的な要求になりがちです。これらを実現するには、IT部員に要求するだけでなく、経営者や利用部門への働き掛けが重要なことを、極論を例にして考察します。
○“業務をよく知ろう”って本当?
IT部員として、IT知識と業務知識を兼ね備えた人が望ましいのは当然です。でもそれには、すでにIT知識を持った人が業務知識も持つようにすることと、すでに業務知識を持った人がIT知識を持つようにすることの2つの経路があるはずです。ところが、前者についてはよくいわれるのに、後者はあまりいわれません。
業務を知るには、その業務部門で実務に携わることが最善です。それならば、長くその部門にいた定年間近の窓際族を全員IT部門で吸収してからIT知識を身に付けさせればよいのに、IT部門は若い人を欲しがります。それでは、他業務における経験が浅いのは当然でしょう。
この理由は何でしょうか?
業務知識を習得するよりも、IT知識を習得する方が困難だからでしょうか? それならば、すでに習得困難なIT知識を持っているIT部員は、習得しやすい知識しか持っていない他部門の人よりも、高い処遇を受けているはずですが、実情はそうでもないようです。
あるいは、業務知識に比べてIT知識は努力して習得するほどの重要性がないので、他部門の人にIT知識などに関心を持たせるのはもったいないからでしょうか? それならば、IT部員は重要性の低いことに執着してきた状況認識に疎い連中、となるわけですから、いまさら育成してみても、大した効果は期待できないでしょう。
○技術指向から経営指向へ?
IT知識よりも経営知識の方が重要であることは事実でしょう。しかし、これは他部門でも同様で、他部門では経営指向が徹底しているとはいえません。それでもIT部門は他部門と比較して、経営指向が欠けていることが多いといえるでしょう。その原因は何でしょうか?
経営者を経験したIT部員はいないのですから、経営者がIT部員を指導する必要があります。それなのに、経営者は営業部門、経理部門、人事部門などには頻繁に顔を出すのに、IT部門にはあまり来ないのが一般的です。普段から接触しないのに、経営者の意向を理解していないというのは一方的過ぎるのではないでしょうか。しかも、前回(第25回)でお話ししたように、IT知識を持つ経営者は少ないし、IT部門出身の経営者はまれなのです。ですから、経営者は他部門以上にIT部門へ顔を出すことが必要なのです。
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○業務部門こそが分かる言葉で話すことが重要だ
システム構築や運営では誤解があると困ります。互いに相手が理解できるように話すこと、相手の話が分かるようにある程度の業界用語を理解することが大切です。
しかし、IT部門では「業務部門が分かる言葉で話そう」といいますが、業務部門では「IT部門に分かる言葉で話そう」とはいわないのですね。しかも、IT用語は比較的定義が明確ですが、業務用語は定義があいまいです(「第24回 企業合併でシステムが止まらない方法教えます!」の「バベルの塔」参照)し、社内の特定の部門以外には通用しないスラングすらあります。
業務部門がIT用語を理解できないのはIT部門の責任、IT部門が業務部門の用語を知らないのはIT部門の怠慢というのは、IT部員に貴族の義務を期待しているのでしょうか、それとも低い地位だと見下しているのでしょうか?
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