経団連の提言から情報化人材育成を考える〜経団連が語る「情報化人材育成強化」の提言は現実的か?ユーザー企業から見た「ITSS」(5)(2/3 ページ)

» 2006年04月14日 12時00分 公開
[島本 栄光,@IT]

提言の懸念点と課題

 まず、提言そのものについてですが、この前提を「ソフトウェア開発に携わる情報サービス産業」と置いている点がいただけません。これでは、「ソフトウェア開発というものづくりの世界の人材育成についてのみを語っている」ととらえられ、非常に矮小化された感が否めません。

 確かに、情報システムにおいては、ソフトウェア開発というものづくりの部分は、避けて通るわけにはいかず、重視すべき1つの要素には違いありません。しかし、企業における、有効な情報システムというものを考えるならば、ソフトウェア開発工程だけに焦点を絞るのでは、根本的な問題解決にはならないのです。

 そもそも、企業における情報システムという観点からすると、極端な話ですが、ソフトウェアがどう作られているかは興味の対象ではなく、むしろそのソフトウェアや周辺の要素を含む情報システム全般が、その企業経営にどのように寄与してくれるかが興味の対象になるはずです。

 そう考えると、今回の提言はどうも情報システムを利用する側のことはあまり考えられず、ソフトウェアを作る側やベンダ側だけを意識したものに見えてしまうのです。一般的に経済の原則的には、その利用者がいて初めてその市場は成り立つものです。つまり、ユーザーサイドに視点を置かなければ、本質的なところは語れません。そこが、今回の提言で大きく欠落しているところだと思います。

 前段の国策的な話はともかくとして、後段(5章)の大学と企業で対話を持つ仕組みを作っていこうというのは、意味のあることだと思います。ただし、これも、あまり大きな期待を持って見るのは危険だと思います。あくまでも「お見合い」のようなものでしかないのです。つまり、両者が何かをコミットするという縛りではなく、まずは「学生が企業を知る、企業が学生を知る」という機会を作るということに意義があると考えるのです。現在は、そういう機会ですら、非常に限られているわけです。

 しかし、こういう機会ができれば学生はみんな自分できちんと考えることができるようになるかというと、それも否だと思います。考えることもできる学生もいますが、考えない学生も大勢いることでしょう。期待が大き過ぎて、がっかりしてしまうかもしれないというのは、こういう意味です。

 また、単に単位を取るためにインターンシップに参加するなどといった、変な義務感ややらされている感が学生の中に生まれてくると、企業側は間違いなく引いてしまいます。受け入れるということは、手間もコストも掛かるわけで、別に学生に単位を取らせるために企業が受け入れるわけではありません。

 これらの点に注意しつつも、考えようとする学生は、いまよりも間違いなく増えると思いますので、やる意味はあると思っています。

 そのほか、いくつか気になる点がありましたので、感想レベルで少し列挙してみます。

<2章>

  • 正直にいって、中途採用や外国人技術者の採用でソフトウェアが作られることは、ユーザーにとっては別に問題でもなんでもありません。要は、コストと品質で納得感があればよく、ここに国内の人材増うんぬんをいわれても、説得力はあまりないのです。むしろ、ITベンダ側の論理が前面に出過ぎて、違和感を覚えます
  • 下流工程は安くて質の良い労働力が海外にあるのならば、そちらに流すのが普通ではないかと思ったりもします。ベンダサイドに立っていえば、国内の人材を育成するのは、上流工程に絞るというのも1つの戦略でしょう
  • 安い原価で作るということは、企業としてはそれだけ利益率が上がるということで、国としても法人税収アップにもつながると考えます。付加価値があれば別ですが、同じレベルのクオリティであれば、無理に高いコストをかけて、国内でソフトウェア開発を行う必要はないのではないでしょうか

 ……と、こういう話をすると、国の競争力や労働市場についての問題をセットで反論されることが多いです。競争力というのであれば、先にもいった上流工程で勝負するとか、もっといえば、IT以外の産業で勝負すればよいと思います。別に下流工程まで含めて議論しなくてもよいのです。

  • ちなみに、中国、インド、韓国との比較がありますが、彼らはほかの産業では日本に勝ち目がないのでITを国策としてフォーカスを絞ってきているわけです。要するに、国家としての力の掛け方が違っていたわけで、これらとまともに戦わないという戦略もあるはずです
  • また、労働力については、今後労働人口が減っていく、あるいは高齢化していくとなると、ITの下流工程を国内で賄うというのはうまくマッチしないように感じます。こちらも、上流工程に焦点を絞る方がよりフィットするのです

<3章>

  • 米国のような、学部教育と大学院の教える内容のすみ分けは、非常に興味深いと思いました。企業とのミスマッチを指摘する際に出てくる「大学は教育機関であるが研究機関でもある」という話は、この米国の施策を参考にすることで、かなり解消できるでしょう
  • 新卒者の即戦力が4割というのは、企業の中にいる人間の実感として多過ぎる気がします。せいぜい1割程度ではないでしょうか
  • ちなみに、企業としては、期待に応えられる人材が学生の中にいるならば、当然それを求めていきます。現在はそれがいない、もしくは企業側にはなかなか見えないという現状があります
  • 専門職を是としない日本の風土は、それなりに良い面もあると思います。例えば、企業から見ると融通の利く人材を確保することで、企業活動の柔軟性が生まれているのも事実でしょう。実態として、終身雇用的な制度はいまだに残っているわけですが、それなりのメリットがあるからこそ、残っているのだと思います

<4章>

  • 「初等・中等教育、企業、家庭、地域等……」は実態の見えていない空論でしょう。大企業の偉い人とか、学者が書いたものという印象です。例えば、実際の小学校の教育現場や、児童を持つ親の意識の本当のところがどうなのか、実態が見えているのでしょうか。これらが見えているのであれば、こんな前提はとてもじゃないですが置けないと思います
  • 下流工程をここに含めていくのは、やはり無理があります。人件費が高くつき、最終的にコスト高になります。結局は、消費者であるユーザーには受け入れられないのではないでしょうか

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