八島は、坂口が戻るのと入れ違いで部署に戻ってきた。外部委託ベンダとの定例会議は、毎回淡々とした進ちょくの報告で、八島には退屈な時間以外の何者でもなかった。
谷橋 「主任、先ほどまで坂口さんと打ち合わせをしたのですが、詳細はまた別途ミーティングを設定することとなりました」
八島 「あぁ、そうなの。ま、適当に協力してやってよ。でも現業を優先にすることは忘れんなよー」
谷橋 「はい。それと、主任にこれを渡すようにとのことで」
八島 「はいはい、ご苦労さん」
入社以来、一貫して情報システム部の現場で仕事をしてきた八島には、社内SEとしての自負があった。そんな八島にとっては、子会社から来たばかりで何も知らぬ坂口が新システムのプロジェクトを実質的に任せられたのがしゃくに障ったし、目障りだったのだ。
八島 「(まったく……)」
手にした資料はRFIDを取り入れ、新システムを構築したA社の事例資料であった。
『A事例(要約)』
<システムの概要>
<プロジェクトリーダーのコメント>
八島 「システムの乱立ね……。どこも同じだな」
俺ももうこの仕事を始めて14年か……。そろそろ頭がさび付いてきている時期なのか……。資料から目を見上げフロアで黙々と仕事をするメンバーを見ながら、八島は坂口の顔をなぜか思い浮かべた。
そのころ……。
IT企画推進室では、伊東が課題整理シートと格闘していた。書いてある内容もよく理解できないままの慣れない作業は、なかなかはかどらない。ふと気が付いて時計を見ると、12時を過ぎていた。
伊東 「(もうこんな時間か……。取りあえず、昼休みにしようかな)」
最寄りのコンビニは、ランチを買うサラリーマンやOLでごった返している。温めてもらった弁当を下げてオフィスに戻る途中の書店で、伊東はふと立ち止まった。
伊東 「(そういえば、坂口さんはシスアドだっていってたけど、シスアドってなんだろ?)」
ふらふらと書店に入り、きょろきょろ辺りを見回すと、一角に設けられた情報処理試験のコーナーで「シスアド」とタイトルの付いた本を見つけた。
伊東 「(なになに? 『シスアドとはユーザー企業において、情報技術に関する一定の知識・技能を持ち、部門内またはグループ内の情報化をエンドユーザーの立場から推進する者』か。何かよく分からないけど、難しそうだなぁ……。僕なんて、パソコン使うのがやっとだしなー。やっぱ坂口さんってすごいよなー)」
伊東の手にした本には、シスアドに求められる役割や必要な知識、そして情報処理技術者試験に出題される内容が盛り込まれていた。
伊東 「(お、課題整理の考え方なんかも書いてある。そういや坂口さん、問題と課題点ってシートに作ってたよな)」
そこには、総務にいたころはまったく知らない世界が広がっていた。温めてもらった弁当は冷めかけていたが、そんなことも忘れて伊東は立ち読みを続けた……。
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