試験に合格したものの、上級にふさわしくない坂口目指せ!シスアドの達人−第2部 飛躍編(9)(3/4 ページ)

» 2007年08月03日 12時00分 公開
[森下裕史(シスアド達人倶楽部),@IT]

“ふさわしくない”上級シスアドの誕生

坂口 「ふぅ?、なんとか合格か」

 坂口はサイトに受験番号とパスワードを入力すると自分の成績を確認した。

午前700点、午後I 650点、午後II A

 結果で見ると悪くはないが、論文試験(午後II)の出来は自分が一番よく分かる。とても自信を持って合格したとはいい難い感触だった。

 合格したとはいえ、初級シスアドの勉強会にもほとんど参加していないうえに、谷田と深田には合格祝いのメールすらしていない。こんな状態では、とても周りの者にも合格のことはいえなかった。

坂口 「(まずは、豊若さんだ。試験準備ではいろいろお世話になったし、プロジェクトのことで相談したいこともあるし)」

 そう思うと、坂口は豊若のいる事務所に連絡した。

松嶋 「はい、マキシム・アンド・コンサルティングの松嶋です」

坂口 「あっ、ごぶさたしております! サンドラフトの坂口です」

松嶋 「坂口くんか。お久しぶり。豊若さんはいま打ち合わせ中よ」

坂口 「そうですか。今日、夜お会いできたらと思いまして」

松嶋 「試験の報告かな? どうだったの?」

坂口 「何とか合格しました。あっ、でも、それだけでなく仕事のことでも相談したいことがあるものですから」

松嶋 「おめでとう。確か、今日は夜は空いてると思うわ。打ち合わせが終わったら連絡させましょうか?」

坂口 「いえ、いつものバーでお待ちしておりますとお伝えください」

松嶋 「了解。ところでみんなには報告したの?」

坂口 「いえ、ぎりぎりの合格でしたし、みんなの合格のときもバタバタして何もしてないもんですから」

松嶋 「駄目ねぇ、上級シスアドに大切なのはバランス感覚よ。いくら仕事が忙しいからってオンオフの区別がきちんとできなくちゃ」

坂口 「はぁ、すいません……」

松嶋 「そういえば、今度クリスマスにホームパーティを開くの。坂口くんも来ない?」

坂口 「お誘いありがとうございます。でも、そのころ仕事がどうなっているか分からないもので参加できるかどうか分かりません」

松嶋 「もうっ、いまいったばかりでしょ! オンオフはしっかり分けなきゃ。参加予定にしておくから、どうしても駄目だったら連絡してね」

 松嶋が指摘したことは、天海部長にも指摘されたことだ。

 どうも、仕事となると周りが見えなくなってしまう。でも、そんな仕事のこと以外にまで気を使うなんてとても余裕がない。反論したい気持ちを抑えながら、坂口は伝言を再度お願いすると電話を切った。

 その夜、いつものバーで坂口は豊若に合格の報告とプロジェクトの現状を話していた。

坂口 「というわけで、無理な工期に非協力的なメンバーで苦労しているんですよ」

豊若 「無理な工期も、非協力的なメンバーもよくあることだ。それより、全体像をしっかりつかめているのか?」

坂口 「いえ、要件定義が固まっていないので、全体像なんてとてもとても」

豊若 「坂口、それじゃ上級シスアド失格だな」

坂口 「でも、なんとか合格しましたよ!」

豊若 「そうじゃない。試験に合格したのは勉強と過去問対策のおかげだ。上級シスアドにとって大切なものが欠けていると、俺はいっているんだ」

坂口 「バランス感覚ですかぁ。それは松嶋さんにも指摘されました」

豊若 「それだけじゃない。先を見通す力だ。全体像を見据えてプロジェクトをコントロールしなくては駄目だ」

坂口 「しかし、僕には豊若さんのように経験はありません。今回のプロジェクトはやることが多過ぎて、僕には先なんかとても見通せませんよ」

豊若 「坂口、それは違うぞ。経験だけで先を見通せるようになるわけではない。先を見通すためには、やることとやらないことをしっかり分けられなければ駄目なんだ」

坂口 「やることと、やらないこと?」

豊若 「そう、やることは少し経験があればすぐに思い付く。経験がなくてもいろいろな本や資料を調べれば項目ぐらいは書き出せるはずだ」

坂口 「はぁ……、そうですね。やることはそれなりに書き出してみましたが、膨大な量なんです」

豊若 「そこからが重要なんだ。時間を考えて、そこからやらないことをはじくんだ」

坂口 「でも、無駄なことは書き出していません。やらないでいいものなんてないです」

豊若 「それは、満点を取ろうとするからだ。試験に合格するのに満点じゃなければ駄目なのか?」

坂口 「そうはいっても、試験とプロジェクトは違います」

豊若 「しかし、プロジェクトにも期限はあるんだぞ。目標を達成する努力は大切だが、時間内に達成できない目標なんて、夢と一緒なんじゃないか?」

坂口 「だから、無理難題といっているじゃないですか!」

豊若 「う〜ん、まだまだ甘いな。この続きは宿題だ。この答えが出なければ、上級シスアドとはいえないな」

坂口 「そんなぁ……」

 豊若に合格を祝ってもらうどころか、未熟な点を指摘され、再び自信を失った坂口。合格したからこそ、真の上級シスアドになってもらいたくて課題を与える豊若の気持ちはいまの坂口にはとても理解できなかった。

 坂口はバーを出ると、まるで孤立無援の状態に陥ったかのように深いため息をついて夜空を見上げた。そのころ、谷田も2階のベランダに出て、夜空を眺めていた。

谷田 「(坂口さん、結果どうだったのかなぁ。連絡ないけど、駄目だったのかな)」

 合格発表はすでに出ていることはサイトを見て分かっているのだが、受験番号を教えてもらっていないので合格したかどうかが分からない。本人に聞けばいいのだが、この前の夜の件があって、聞くに聞けない谷田だった。携帯の短縮で坂口の表示を出しては消し、出しては消しとさっきから何回も繰り返していた。

谷田 「(私たち、もう駄目なのかな……)」

 夜空が少しにじんできて、ふっと顔を上げる谷田だった。

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