試験に合格したものの、上級にふさわしくない坂口目指せ!シスアドの達人−第2部 飛躍編(9)(2/4 ページ)

» 2007年08月03日 12時00分 公開
[森下裕史(シスアド達人倶楽部),@IT]

古ダヌキ同士の密談

女将 「こちらへどうぞ」

西田 「いつもの部屋だな」

 料亭の女将に誘導されるというよりも、勝手知ったるわが家のように歩いているのは、西田副社長だ。

 ここは赤坂通りに程近い裏通りにある、閑静なたたずまいの高級料亭「赤坂雅亭」(あかさかみやびてい)だ。

 一見さんが無理なのは当然で、それなりの社会的地位の人がお忍びで使う場所である。女将を含め、従業員の口が堅く、政治家もよく利用しているようだ。

西田 「お待たせしました」

布袋 「いや、俺もいま来たところだ」

 布袋四郎は、同族系の会社にはありがちな、いわゆるお約束のコースで社長になった人物である。

 能力は低くないのだが、下積み経験がないため、市場動向に疎い。多品種戦略もつまるところ、市場ニーズを把握できていない表れである。

西田 「この前の船ではお世話になりました」

布袋 「いや、西田さんが良いスポットを教えてくれたおかげで、坊主にならずに済んだ。こちらこそ礼をいうよ」

 布袋も西田の釣り仲間である。たまたま、よく行く釣り場のスポットで出会い、意気投合して友人関係になったようだ。釣りの嗜好(しこう)が合うらしく、ライバル会社でありながらこれまで関係が続いている。

西田 「今度、磯釣りでもどうですか?」

布袋 「いいねぇ、どこか良いところでもあるのかい?」

西田 「もちろん、穴場をお教えしますよ」

布袋 「まぁまぁ。取りあえず一杯飲んでから日取りでも決めようか」

 そういうと、布袋はお銚子を持って西田に酒を勧めた。当然ながら、ここではビールはご法度である。日本酒の熱燗を飲みながら、2人は釣り話に花を咲かせていた。ひとしきり話が済むと布袋が切り出した。

布袋 「ところでわざわざ釣りの話をするために、ここに呼んだわけでもあるまい。そろそろ本題といこうか」

西田 「布袋さんと私の仲だ。単刀直入にいきましょう。ユウヒとはどうなんですか。厳しい条件が出ているのでしょう?」

布袋 「やはりそこか。確かにのみたくない条件がいろいろある。もちろん、魅力的な条件も少なくないからな。そこが悩みどころだ」

西田 「なるほど。プラスマイナスのバランスですな。で、時期は急いでいるんですか?」

布袋 「いや、こちらは時間をかけたい。正直にいって業務提携とはいっても、吸収合併と同じことだ。安直に提携すると、必ず向こうの論理で押し切られるのがオチだ。もし、そうならば、ホテイの良さがなくなってしまう。それだけは絶対に避けたい」

西田 「そのとおりですね。でも、厳しい財務状況を打開したいことも事実ですよね」

布袋 「ライバル会社の副社長からいわれるのはシャクだが、それも事実だ。顧客志向を履き違えて、すべてのニーズを満たそうと多品目にしたのが裏目に出た。商品の中には競合しているものも多い。しかし、絞り込むにも、うちは販売データを分析する力が弱い。在庫管理もいま一歩の感がある。息子のところのシステムもそれなりに優れているようだが、本体で使うには力不足だ」

西田 「そういえば、この前の見学会ありがとうございました。大変参考になったと参加者から感謝の声が出てましたよ」

布袋 「あの息子の新しい物好きには困ったもんだが、ことITに関しては当たっているらしいな。しかし、どうも好きになれん部分がある」

 布袋はそういうと、少し天井を見上げ、息子の日ごろの言動に思いをはせていた。西田も何回か息子の泰博には会っている。双方ともよく知っているので、この親とあの息子を結ぶ点が見いだせずに苦笑していた。

西田 「ところで、うちにイキのいいのがいるのですが、一度会っていただけませんか?」

布袋 「何だ、いきなり」

西田 「いや、いきなりでもないんですよ。布袋さんもそこまで話してくれたのでウチの話もしますが、ウチもいま基幹システムの刷新を計画中なんです。もちろん、業務手順の見直しを含めてです。その中心人物に会っていただこうと思いまして。例の見学会にも参加した者です」

布袋 「システムの売り込みか?」

西田 「いえいえ、まだまだヒヨッコですが、潜在能力は高いです。ぜひ、布袋社長のお眼鏡にかなうかどうかを見ていただきたいんです」

布袋 「古ダヌキめ。要は自分の秘蔵っ子に刺激を与えたいんだろう。分かった、分かった。ほかでもない西田さんの頼みだ。でも、料亭じゃつまらん。釣り場にしよう。話が合わないと困るから、息子も呼んで4人で行こう」

西田 「ありがとうございます。場所と段取りはこちらにお任せください。後日またご連絡させていただきます」

 まるで様子をうかがっていたかのように、タイミングよく女将が入ってきた。話し込んですっかり冷えてしまった熱燗を交換しにきたらしい。酒のさかなも添えてある。布袋はにやりと笑いながら、女将に向かっていった。

布袋 「相変わらず気が利く女将だな」

女将 「いえいえ、長年やっていますとタイミングというのが自然と分かります。特にお相手が西田さまだと、布袋さまはいつも話が盛り上がりますからね」

布袋 「そういうところが大事なのだ。何でも報告・連絡・相談がないと動けないやからが多過ぎる。自分で考えることの大切さが分かっとらん」

女将 「それを社員にお伝えになるのも、社長のお仕事ではないのですか」

布袋 「はっはっはっ! 相変わらず女将は厳しいな」

 2人はまるで長年連れ添った夫婦のような会話を交わしていた。布袋がこの料亭を指定するのは料理の良さだけではないのだ。

 西田は2人に客と女将以上の間柄を感じながら、2人の会話に割り込まないよう、酒を飲んでいた。

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