仕事人間がもらったすてきなクリスマスプレゼント目指せ!シスアドの達人−第2部 飛躍編(15)(3/4 ページ)

» 2007年12月21日 12時00分 公開
[石黒由紀(シスアド達人倶楽部),@IT]

本当に必要なものは失ってからでは遅い

 松嶋家のパーティーは、にぎやかさを増していた。

 天海は先ほどから松嶋、豊若との3人で、何やら盛り上がっているようだ。どうやら豊若とは、サンドラフト/サンドラフトサポートという違いはあるが、同期入社ということが分かったらしく、若いころの苦労話に花が咲いている。

 先ほどからは、学生時代に見たCMが入社を志望する決め手になったという共通点を見出して、会話がはずんでいるようだ。大きく口を開け、声を立てて笑う天海の表情は会社では見たことのないものだし、豊若も楽しそうだ。坂口はといえば、話上手な隆史とすっかり意気投合している。

隆史 「サッカーのコーチをやってるとさ、どうやればコイツらを伸ばしてやれるかなあって、毎日が葛藤なんだよね。伸び盛りの子どもたちを抱えてるわけだろ。成長する力は、子どもたち自身がちゃんと持ってるから、それを信じて根気よく付き合ってやることぐらいしかおれにはできないけど、少しでもコイツらから力を引き出してやりたい!って思うんだよなぁ」

坂口 「すごいなあ、隆史さんは。おれなんて、後輩1人の面倒も見てやれなくて悪戦苦闘してますよ。後輩をほったらかしにしていたことを、ほかの人に指摘されるまで気付かなかったりして、ほんっと情けないですよね。この間も、後輩のためと思って仕事を任せたら裏目に出ちゃって。結局は隆史さんのいうとおり、後輩自身の成長しようとする力に助けられたんですけど……。隆史さんは、そういうことありませんか?」

隆史 「あるある。悩むんだよなぁ、そういうの。結局は子どもの顔をよく見るとか、言葉よりも声の調子に気を付けるとか、そういう教科書通りのことしかできないんだけど……。でも、子どもとはいえ、1人の人間だからね。1人1人違って当然だから、なるべくそれぞれに合わせたやり方を試していくしかないかなぁ。難しいよなぁ」

 隆史のいっていることは、最近の坂口の仕事にも当てはまることだ。真面目で真剣な藤木の要望を聞くときや、八島のペースに乗せられないよう気を付けつつ、彼の提案を聞くとき。各部署の調整に当たるとき。なるべく1人1人に合わせたやり方を意識して、話を進めるようにしている。

 熱心にうなずく坂口を見ていた隆史だが、突然にやっと笑っておもむろに口を開いた。

隆史 「ところでさぁ、坂口くん。『後輩をほったらかしにしていたことを指摘してくれた人』って、美人?」

坂口 「えぇっ!? た、た、隆史さん?」

隆史 「なんで分かったかって? そりゃあ、『顔をよく見て、声の調子をよく聞いてる』からに決まってるだろ! 教えろよ?。美人? なぁ美人?」

 坂口はため息をついた。おおかた、松嶋かまりんにでも谷田の話を聞いているのだろう。しかし、伊東の件でぎくしゃくしていることは、誰にも話していない。隆史の観察眼も、さすがというべきか。酒の力も手伝って、坂口は素直に白状することにした。

坂口 「……美人ですよ。ただきれいってだけじゃなくて、気持ちがきれいっていうのかな。前に『私はいつも、坂口さんの味方ですから』って言ってくれて。そのときは、正直『あぁ、ありがたいな』ぐらいにしか思ってなかったんですけど、最近すごくその言葉を思い出すんです。迷ったときや悩んで先に進めないときに、この言葉をそばで言ってくれたら、どんなに心強いだろうって……。厳しい言葉も、温かい言葉も、みんな僕に必要な言葉だったんです」

 坂口の言葉を、隆史は思いのほか真面目に聞いていた。

隆史 「坂口くん。君はちょっとおれと似たところがあるかもしれない。おれ、よく七海に『あなたは、本当に猪突猛進タイプよね』って言われるんだ。学校のこととか、サッカーチームのことに夢中になると、ほかのことが見えなくなるんだよね。君もそうなんじゃないか?」

 坂口はうなずいた。

隆史 「でも、そんな自分にすごく反省したことがあるんだよ。君も知ってるかもしれないけど、娘のまりんは、うちのサッカーチームのエースが好きなんだ。弁当作ってみたり、差し入れ考えてみたり、そりゃもういじらしくてさ。なんでこんなにかわいい子が一生懸命なのに振り向いてやらないんだって思ったらすごくムカついて、一瞬本気でレギュラーから落としてやろうかと思ったんだよな」

坂口 「隆史さん!」

隆史 「そしたら、まりんが『脇目もふらずに練習しているところが格好いいの! まりんのためにレギュラーから外したりしたら、パパとは一生口きかないから!』っていうんだよ。そりゃ困るから、まぁ腹いせするのはよしたんだけど」

坂口 「はぁ……」

 隆史の飄々(ひょうひょう)とした口調は、冗談なのか本気なのか、さっぱり分からない。

隆史 「でもさ、そうやって自分のいいところをしっかり見てくれてる人なんて、なかなかいないぜ? そういう人は離したらダメだ。そうは思わないかい?」

坂口 「ええ。本当ですね」

隆史 「離したら、絶対後悔する。実はね、七海とおれは学生時代の同級生なんだ。一緒にクラスの幹事をやったのがきっかけで付き合うようになったんだ。そのころ、おれは自分のことに精いっぱいだったから、待ち合わせに遅刻したり約束をすっぽかしたり、いろいろ七海には迷惑かけたんだけど、どこかで安心してたんだよな。こいつはおれのことを分かってくれてるから大丈夫だって。ところがある日、待ち合わせに1時間遅刻していったら、七海が知らない男と楽しそうに話してるんだ。あれは、焦ったな……。とうとう見限られたかと思った。でも七海はおれを見るなり『いくら少年サッカーチームの試合が近いからって、練習し過ぎで疲れたら逆効果なんじゃない? 加減ってものを考えなさいよね。あと、遅れるときは、連絡ぐらい入れること!』って言ったんだ。遅れた理由とか、おれの考えとか、全部お見通しなんだよ。なんだか、すごく申し訳ない気分と、ほかのヤツには渡したくないって気持ちが一緒になって、それからいろいろ気を付けるようになった」

坂口 「そうなんですか……」

隆史 「後から、七海にいわれたよ。大事なものがたくさんあるのは分かる、でもそれなら力業で全部をこなすんじゃなく、頭を使ってバランスよくこなしたら? って。おれには結構難しいんだけど、あいつもほかのことも大事だからなるべく頑張ってる。いま、ワークライフバランスって言葉が流行ってるらしいけど、あいつも仕事と家庭と子育てと、ほかにも大事に思ういろいろなことを、なんとかうまくバランス取ろうと、頭を悩ませながらやってるんだってさ。『がむしゃらにやるより、よっぼど大変なのよ』とか、よく言ってる。わが妻ながら尊敬しちゃうよ。できるだけ協力し合っていきたいよな」

 話を聞きながら、坂口は、部屋の向こうで天海・豊若と談笑している松嶋を見た。そういえば、松嶋もまりんが小さいころは仕事との両立に苦労したらしい、と教えてくれたのは谷田だった。

坂口 「(僕が離したくないのは君だ……。谷田さん、来ないのかな)」

 いっそのこと、こちらから会いに行こうか、そんな気分になった坂口に、玄関のチャイムが鳴る音が聞こえた。到着したのは、谷田と……伊東だった。

坂口 「(谷田さんと伊東? なぜ2人が一緒に?)」

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