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» 2008年05月20日 00時00分 公開

顧客に感動・感心してもらえるかどうかがカギ:“賢く親切なIT”が企業競争力の源泉に、NRI

[西村賢,@IT]

 何らかの商品やサービスを複数の選択肢から選ぶ際、利用者にとって重要なのは、もはや機能や性能ではない。なぜなら、ほとんどのサービスにおいて、単一企業による独占的な事業展開は難しく、すぐに類似サービスが市場でひしめく結果となるからだ。コモディティ化したサービスでは機能や性能での差別化は難しく、価格だけが競争の軸になりがちだ。

 しかし、わずかな価格差や機能差よりも、もっと重要なことがある。それは商品やサービスを購入したり、使用したりする際に顧客が受ける「心理的・感情的な価値」だ。そしてサービスや商品を提供するインターフェイスとしての利用度が上がっているITに、いま求められているのは、こうしたを価値を高める「エクスペリエンス・テクノロジー」(顧客経験価値)だ――。

野村総合研究所 技術調査部 上級研究員の田中達雄氏

 こうした主張を展開したのは、5月20日に開かれたイベント「ITロードマップセミナーSPRING 2008 最新IT動向と企業情報システムへのインパクト」で講演した野村総合研究所 技術調査部 上級研究員の田中達雄氏だ。

 カスタマー・エクスペリエンスを向上することは、ビジネスとして価値がある。田中氏が挙げるのは、次のような例だ。

 プログレッシブ保険は、事件発生後に速やかに事故現場におもむいて小切手を支払うだけでなく、出迎えたクルマの中に設けられたソファーに座ってコーヒーが飲めるサービスを提供した。こうした施策によりプログレッシブ保険は、2002年に自動車保険料収入の伸びで業界最高を記録したという。「利率や掛け率では差別化できない」(田中氏)。また、あるレンタカー会社は顧客や車種や値段ではなく旅のストレスや不安を取り除くことに高い満足度を示すことを調査から明らかにし、返却場所にフライト情報を掲示するモニターを設置したほか、警備員を「お客様案内係」とするなどの施策を実施して顧客満足度とロイヤリティで業界1位を獲得したという。

「満足」レベルでは無意味

 顧客満足度の向上が顧客の維持や収益に貢献する。そうしたマーケティング論は5、6年前にももてはやされたが、「成果がなかったという企業が多い」(田中氏)。それは効果がでるほどには顧客満足度を上げられなかったからで、ブランド力やロイヤルティ向上に結びつくのは「感動した、感心したという“非常に満足”のレベルでなければ意味がない」(田中氏)という。ITを使ったサービスであれば「使えない」(不満)というレベルを、「使える」(満足)としたところで、それは顧客にとって期待通りのものでしかなく、「賢い」とか「親切」(非常に満足)と感じてもらわなければならないという。

 オンラインバンキングやATMを典型例として、対人によるサービス提供はITによって置き換えられつつある。顧客はますますWebサイトやコールセンターのメッセージ応答システムといったITシステムを通して、商品やサービスに接触するようになっている。ITチャネルで提供するサービスに対して顧客がどのような経験・感情を持つかが「ブランド(印象)」にとってきわめて重要だと田中氏は指摘する。

講演中に田中氏が引用したデータ(出典は『いかに「サービスを収益化するか』(ダイヤモンド、ハーバード・ビジネス・レビュー編集部 編・訳)

人工知能で顧客対応を最適化し、収益向上

 野村総合研究所は顧客のIT利用経験をよりよいものに高める技術を「エクスペリエンス・テクノロジー」と総称し、2010年ごろから普及期に入ると予測している。エクスペリエンス・テクノロジーは黎明期にあるが、すでに具体例も多い。

 例えばオンライン銀行のING Directは、Webサイト上で顧客が住宅ローン情報を閲覧したといった情報を知識ベースに集約。これを元にコールセンターから住宅ローンの勧誘電話をかけるというアクションを取るといったことを行い、成約率が4倍に跳ね上がったという。

 ペガシステムズの人工知能を使ったプロセス最適化ツール「SmartBPM」の利用例も多い。これはユーザーのプロファイルや挙動によって次に出す画面を変えるもので、シティバンク、ビザ、AOLなどが採用している。あるオンラインバンキングサイトでは、SmartBPMの採用によって口座開設プロセスを改善。新規口座開設が25%アップしたほか、新規口座開設操作中の放棄率を50%削減できたという。

 さまざまな情報を分析して動的にアクションを起こす人工知能的なものだけがエクスペリエンス・テクノロジーではない。田中氏は、ほかに2つの技術分野が関与するという。

 1つは開発手法に関わるもの。「機能」「データ」「プロセス」などを組み上げていく従来の開発手法から、ユーザー中心のデザインを行うという方法論の転換により実現する。マーケティング用語で“ペルソナ”と呼ばれる具体的なユーザー像を設定し、そのユーザーが経験するであろう感情を考慮したうえで、システムをデザインする。田中氏は米国の薬剤効果管理会社やオンラインゲームサイトの成功例を挙げて「ペルソナなどエクスペリエンス中心のデザインを適用するだけでも収益アップに貢献する」と話す。

 エクスペリエンス・テクノロジーに関わるもう1つの技術分野は、ユーザーインターフェイスに関するものだ。すでにコールセンターでは音声認識技術や感情解析技術の導入が始まっているが、今後は顧客を観察・理解する技術の進展が期待される。例えば顧客の表情や瞳孔の開き具合からユーザーが感じている主観的な経験を推定し、それに基づいて動的に反応を変えるシステムが考えられるという。あるいは研究レベルではすでに性別や年齢を識別する顔認識技術が登場しており、デジタル広告との連動などもありえるという。田中氏は「最終的にはさまざまな最適化エンジンが、1つの人工知能に集約されていく」と予測する。

 近未来的な話は別として、すでに適用可能な技術は方法論は多くある。田中氏は、企業はエクスペリエンス・テクノロジーの採用を検討すべきだと結論する。「賢い技術の採用は優秀な社員を採用するのと同義。この賢さの善し悪しが企業の競争力の源泉になる。人材育成と同じで知識ベースは一朝一夕には賢くならないので、まずは組織的な体制作り、ITシステムの統合基盤や開発手法の導入など、できることから着手していくとよい」と講演を締めくくった。

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