秘書 「副社長。佐藤専務がお見えです」
西田 「うむ」
坂口が去ってまもなく、佐藤が副社長室にやってきた。
西田 「おお、待っておったよ。ちょうど、いましがた関係者に事情を聞いておったところだ」
西田は笑顔で、佐藤を迎えた。
一方、佐藤は西田が何を話し出すか警戒をしていた。
佐藤 「私の記事についてですか? 西田さんにはお話するのが遅くなりましたが、社長や広報とは調整済みですが……」
西田 「あぁ、根回しとか、そんなことは全然構わんよ」
佐藤 「ほかに問題でも?」
西田 「うむ。どうも世間の期待とウチの内情が異なるみたいでな」
佐藤 「異なる? どういうことですか?」
西田 「今回のシステム再構築では実現できないことを、佐藤くんが記事にしてしまっているのだよ」
佐藤 「そんなことはない。ちゃんと確認したはずだ……」
西田の言葉に、佐藤は目をそらし小声でそうつぶやいた。
西田 「何を確認したか知らんが、現実として間違っておるのだよ」
佐藤 「そんなはずは……」
西田 「幾つかあるようだが、受注から納品までの期間短縮化の部分が一番致命的なところだ」
西田は、坂口たちから確認したことを要約して話し始めた。
佐藤は説明を聞くうちに、額に汗が浮かび始める。
佐藤 「私の責任ではないです。そうだ、記者が勝手に記事を誇張したんです……」
佐藤は自身の地位がぐらつくことを察し、誰かに責任を押し付けねば、とあたふたし始めた。
西田 「何が原因か、誰に責任があるかとかは別に構わんよ。いま考えなくてはならないのは、世間に抱かせてしまった期待にわれわれがどうやって応えるかだ!」
西田から笑みが消え、鋭い視線で佐藤をにらみつけてそう一喝した。
普段温厚な西田のすごみに、佐藤が黙る。
西田 「情報漏えい事件のことも名間瀬に聞いたよ。君はCIOとしてこれまで情報セキュリティの重要性を説いてきた。それを私が強引に今回のシステム再構築に踏み切った。君としては、情報セキュリティの方が大事だ、私の判断は間違っていた、そう認めさせたかったのだろう。その気持ちも分からなくはない。だからといって、そういう事件を陰で操るのは良くないと思う」
佐藤 「……」
西田が直接名間瀬に確認したことを聞き、すべてがバレてしまったことを悟った佐藤は、観念したように口を閉ざした。
西田 「今回の件も、CIOとして手柄を示したかったのだろう。そういう野心や出世欲を否定するつもりはない。それは、自分の描く方法で会社に貢献したいという表れだとワシは思っておる。だが、そのための手段が目的になってはいけない。われわれ経営陣が何をしなければならないかを忘れてはいけないのだよ」
佐藤 「……」
佐藤は、この状況では反論の余地はないと肩をすくめた。
西田 「佐藤くんの経営手腕は決して悪くない。いや、素晴らしい才能を持っているとさえ思っておる。ぜひ、サンドラフトのより良い未来のため、そして社会のために君の能力を使ってほしいのだよ」
西田は佐藤の反応を見るために少し間を取った。
佐藤は神妙な顔で西田の話を受け入れているように見えた。
西田 「佐藤くん。まずはこのプロジェクトをしっかり着地させることが最優先だろう。それがCIOとしての君の評価にもつながる」
佐藤 「西田さん……」
佐藤はうっすら涙を浮かべながら、うなずいた。
西田 「坂口をフォローしてくれるかね」
佐藤 「はい」
従順にそう答えた佐藤だったが、心の中では(今回は素直に従う方が得策だろう。だが、必ずやり返してやるからな)と再起を誓っていた。
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