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» 2009年01月28日 12時00分 公開

法律がないいまは、パワハラし放題なのか読めば分かるコンプライアンス(16)(1/2 ページ)

今回は、前回に掲載した小説部分で取り上げた上司と部下が仕事のやり方が異なったとき、上司が部下に指導したつもりが、“パワハラだ!”といわれてしまったケースについて、筆者が分かりやすく解説する。

[鈴木 瑞穂,@IT]

まずはセクシャルハラスメントの歴史を振り返る

編集部から

本編では、第15回に掲載した小説パートに登場したコンプライアンス問題を解説しています。前回の小説パートを未読の方は、ぜひお読みになってから参照されると、より理解が深まると思います。ご一読ください。


 まず、読者の皆さまに、「セクシャルハラスメント」という言葉を認識し始めたのはいつごろだったかを思い出してほしい。

 例えば、いまから5年前はどうだっただろうか。恐らく、「セクシャルハラスメント」という言葉はいまと同じようにすっかりポピュラーになっていたと思う。

 では、いまから10年前はどうだったか。恐らく、いまほどではないにせよ、かなりポピュラーになっていたと思う。では、いまから20年前はどうだったか。恐らく、この時期にセクシャルハラスメントという言葉がポピュラーになり始めたのではないかと思う。

 ものの本によると、1986年の西船橋駅転落事件という裁判が、「セクシャルハラスメント」という言葉が使われた最初の事件だという。

 この事件は、西船橋駅構内で女性が泥酔した男性に絡まれ、身を守ろうと絡んだ男性を突き飛ばしたところ、その男性が線路に転落し、入線してきた電車にひかれて死亡したという事件だ。

 このとき、弁護団が「セクシャルハラスメント」という言葉を使い、裁判所も男性に絡まれたのは女性であるがゆえに被った被害であるとして、女性の行為に正当防衛を認め、女性を無罪とした。この判決では、「セクシャルハラスメント」という言葉そのものは使っていないものの、その言葉の趣旨を踏まえている最初の判決であるとされている。

 翌1987年には、福岡の出版社に勤める女性が、会社の上司の「セクシャルハラスメント」を理由に裁判を起こしている。この事件は、「職場」における「男性の上司」から「女性の部下」に対する「性的嫌がらせ」という普遍性のある構図に基づくものであるため、いわば「セクシャルハラスメント」のリーディングケースとされている。

 この年あたりから、「セクシャルハラスメント」という言葉がポピュラーになり始め、女性週刊誌などが特集を組んだりしている。そして、1989年には「セクシャルハラスメント」がその年の流行語大賞に選ばれている。

 一方、ご存じのとおり、「セクシャルハラスメント」は「男女雇用機会均等法」に定められているが、同法が施行された1986年の時点では、「セクシャルハラスメント」はまだ条文化されていなかった。いわゆるセクハラ規定が設けられたのは、1997年の改正のときだったのだ。ここに至って、「セクシャルハラスメント」という言葉の意味・定義が確立されたのである。

セクハラという言葉は女性がやっと手にした武器

 ここで注目したいのは、1987年に「セクシャルハラスメント」という言葉がブレークしてから1997年にセクハラ規定が定められるまでの10年間、人々は意味・定義が確定しないまま(あいまいなまま)、「セクシャルハラスメント」という言葉を使っていたということである。

 誤解を恐れずにいうなら、「セクシャルハラスメント」という言葉を使う人(ほとんどの場合、女性)は、「セクシャルハラスメント」という言葉を使いたいように解釈し、自分の使いたいように使っていたのである。考えてみればそれも当然のことだろう。

ALT 袴田 源蔵
ALT 井川 啓

 1987年に「セクシャルハラスメント」という言葉がブレークしたといっても、性的嫌がらせという事態が1987年から始まったというわけではない。

 性的嫌がらせはそれ以前からあったのである。越後屋の旦那が女中を手込めにするなどは、疑う余地のない性的嫌がらせである。性的嫌がらせという事態は、人間の歴史が始まってからずっと繰り返されてきているのだ。そのような状況に、女性はずっと耐えてきた。

 それが、アメリカで起こった「ウーマンリブ」の活動に端を発し、世界的に女性の社会進出が激増し、女性としての自立心・自尊心が高まっていった(ちなみに、アメリカでは1974年にセクシャルハラスメントの判決が出ている)。

 その傾向は日本でも強まっていったが、セクシャルハラスメントを行った男性を非難して攻撃し、訴えるなどの行動を起こすまでには至らなかった。しかし、それは日本の女性の意識が低かったからではない。単に非難し、攻撃するための言葉が存在していなかったからである。

 そこへ「セクシャルハラスメント」という言葉が輸入されてきた。女性にしてみれば、女性であるがゆえに受ける性的な嫌がらせを、端的にいい表す非常に便利な言葉である。

 しかも、性的嫌がらせを行った男性を非難、攻撃するための武器としての効果も持つ言葉である。武器がないために耐えるしかなかったところへ、使える武器がもたらされたのである。このような背景を考えると、女性が「セクシャルハラスメント」という言葉を、使いたいように解釈して使いたいように使ったのも当然であろう。

セクハラ黎明(れいめい)期は混乱していた

 「セクシャルハラスメント」という言葉が使いたいように解釈され、使いたいように使われていた時代、すなわち、1987年にブレークしてから1997年に男女雇用機会均等法の改正で条文化されるまでの10年間は、「セクシャルハラスメント」という言葉の黎明(れいめい)期ゆえの混乱の時代だったといえると思う。

 私事で恐縮だが、それに関して筆者には2つの思い出がある。

 1つ目は確か1990年のことだったと思うが、私の勤めていた会社でも、「セクシャルハラスメントマニュアル」なるものが配布された。残念ながらいまは手元に残っていないが、次のような記述だったのを覚えている。

<セクシャルハラスメントとして禁止されるべき行為>

  • みだりに女性の体を触る
  • 宴会で女性に酌を要求する
  • 女性のプロポーション、ファッション、化粧などに言及する

 このあたりまでは理解可能だが、これで終わりではない

  • 女性を見つめる
  • 女性の目を見て話をする

 ここまでくると、何が何だか分からなくなる。

 「セクシャルハラスメント」という言葉の定義が確立されていない時代のマニュアルだから、「べからず集」とならざるを得ない。しかし、「べからず集」を突き付けられても、許容される範囲はどこまでか、どこから許容されないのか、結局のところ分からなくなり、かえって混乱を招く結果となってしまった。

 もう1つの思い出は、1994年に私がマネージャ(管理職)に昇進したときのことだ。

 それ以前から私は、男女にかかわらず後輩のことを名字で呼び捨てにしていた。後輩も私のことを「みーちゃん」と呼んでいた。マネージャに昇進してからも、私はそのスタイルを変えなかった。

 マネージャ昇進後のある日、仲の良い女性の後輩を、いつものように「おーい、藤原」と呼び、仕事の話をした。すると、その数時間後に人事部長に呼ばれ、「君ね、女性を呼び捨てにするのはセクハラだから、やめるように!」といわれたのだ。

 女性を名字で呼び捨てにすることが、なぜセクシャルハラスメントになるのか。

 「性的」な要素はどこにもないし、「嫌がらせ」をしているわけでもない。部下への接し方が“がさつでデリカシーに欠ける”という批判ならば甘んじて受けなければならないが、セクシャルハラスメントに該当するという批判は当たらないだろう(ただし、いまだからこのようにいえるのであって、当時の私は「はぁ、そうですか。以後気を付けます」のように答えたと記憶している)。

 この私の思い出のような事態は、現在ではまず起こらないだろう。

 どの企業のセクハラマニュアルを見ても、恐らく、環境型セクハラと対価型セクハラが要領よくまとめられていて、セクハラが企業活動にもたらす影響が述べられており、セクハラを防止するための個人の心構えや組織の仕組みなどが説明されているからだ。

 単なる「べからず集」で終始しているマニュアルは、もはや存在していないと思う。ましてや、女性を呼び捨てにしただけで「それはセクハラだ!」と非難するような事態は起こらないと思う。

 それは言葉としての黎明期の混乱を通じて事例が積み重ねられ、それが判例やさまざまな著述により類型化され体系付けられ、「セクシャルハラスメント」という言葉の定義が、最終的に男女雇用機会均等法の条文として確立されたからなのである。

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