仕事とストレス、モチベーションの関係読めば分かるコンプライアンス(18)(1/2 ページ)

今回は、前回の小説部分で取り上げた、部下がメンタルヘルスを崩してしまったケースについて、筆者がコンプライアンスの観点から分かりやすく解説する。

» 2009年04月09日 12時00分 公開
[鈴木 瑞穂,@IT]

メンタルヘルスというテーマ

編集部から

本編では、第17回に掲載した小説パートに登場したコンプライアンス問題を解説しています。前回の小説パートを未読の方は、ぜひお読みになってから参照されると、より理解が深まると思います。ご一読ください。


 今回はメンタルヘルスというテーマで、うつ病になりかかっている堺俊明を中心に、彼がうつ病になりかけた背景と、うつ病になりかけている者への対応を描いた。

 大ざっぱに要約すると、堺は仕事上のストレスがきっかけでうつ病になりかけており、大塚マネージャが上司として対応するが、対応が適切でなかったために事態を改善することができず、最終的には産業カウンセラーの資格を持つ人事課長に支援してもらう、というストーリーである。

 少し長めの作品になってしまったが、これでもかなり縮めて書いたつもりだ。よくよく調べてみると、これらのテーマはそれぞれに奥深いものがある。この解説の場を借りて、作品の中では触れられなかった部分を述べてみたいと思う。

仕事とストレス

 厚生労働省が2003年に発表した「労働者健康調査」によると、仕事や職場で強い不安、悩み、ストレスを感じている労働者の割合は、1982年では50.5%、1992年では57.3%、2002年では61.5%となっており、年を追うごとに職場でストレスを感じる労働者が増え続けていることを示している。

 また、同調査では、1997年と2002年に職場でのストレスの要因について調べた結果を報告している。それによると、ストレスの要因のベスト3は、1位「職場の人間関係(1997年/46.2%、2002年/35.1%)」、2位「仕事の量(1997年/33.3%、2002年/32.3%)」、3位「仕事の質(1997年/33.5%、2002年30.4%)」となっている。

 そのほかの要因としては、「会社の将来性」「仕事への適性」「雇用の安定性」「定年後・老後」「昇進・昇格」などが挙がっている。

 面白いのは、「昇進・昇格」をストレス要因と感じた労働者が、1997年には19.8%だったのが、2002年には14.5%に下がっている点である。

 「昇進・昇格」がストレスになるということは、組織上の地位に伴う責任を持たされることへの緊張感という気持ちもあるだろうし、あるいは、昇進・昇格したいのにできないという不満や不安などもあるだろう。

ALT 堺 俊明

 2002年には「昇進・昇格」をストレス要因と感じる労働者が減少したということは、地位に伴う責任を重く捉えない人間、「昇進・昇格」に価値を見出さない人間が増えてきたということを意味するのではないだろうか。

 警察庁の「平成18年中における自殺の概要資料」によれば、自殺した労働者数(管理職と被雇用者を含む)は、1998年では8673人であり、それ以降2006年まで毎年8000人?9000人の間で推移しているという。

 注目すべきは、1996年では5852人、1997年では6212人だったのが、1998年にいきなり8000人台になったことであろう。また、自殺した労働者の約7割はうつ病にかかっていたとの報告もある。

【関連リンク】
平成14年労働者健康状況調査 (厚生労働省)

そもそもストレスとは

 ストレスとは、本来は物理学や工学の分野で使われていた言葉で、「外部から力が加えられたときに物体の生じるゆがみ/不均衡」を意味する。

 カナダ人生理学者セリエが、「生体が外部から刺激を受けて緊張やゆがみの状態を起こすと、これらの刺激に適応しようとして、胃・十二指腸潰瘍、副腎肥大、胸腺・リンパ系の萎縮といった生体反応が起こる」という学説を発表し、これがストレス学説と呼ばれ、心理学、精神医学でも広く応用されるようになっていった。

 心理学上、ストレスには「快ストレス」と「不快ストレス」があるといわれている。ストレスとは「外部からの刺激に対応する反応」なのだから、よい反応とよくない反応があるというわけである。

 「快ストレス」は、物事に積極的、前向きに取り組ませるような作用を持つ。重要なプレゼンに向けて意欲的に準備を進めているコンサルタントは、「快ストレス」を感じているのだ。「不快ストレス」は心身を疲弊させ疾病の原因となる。職場でのメンタルヘルス不調をもたらすストレスとは、この「不快ストレス」を意味する。「不快ストレス」に満ちた職場はよろしくないが、それと同じくらい「快ストレス」のない職場も宜しくないといえよう。

 先述した「労働者健康調査」でも示されているが、職場のストレス(以下、ストレスという言葉は「不快ストレス」を意味するものとする)を引き起こす要因としては、物理的要因(音、光、温度、湿度など)、化学的要因(有機溶剤、金属、薬物、タバコなど)、生物学的要因(細菌、ウイルス、カビ、花粉など)および、心理社会的要因があるとされている。このうちメンタルヘルスにとって最も関係の深いのが、心理社会的要因であり、具体的には以下のものが挙げられる。

人間関係 上司、同僚、部下、顧客などとのトラブル、あつれき、ハラスメント、人間関係の希薄化など
仕事の負荷 長時間労働、深夜残業、緊張の継続、作業環境、責任過大/過小、裁量権、ノルマなど
仕事の適性 習熟度、異業種転配、キャリアの陳腐化、ミスマッチ感など
人事労務 昇進・昇格、降格、配置転換、転勤、単身赴任、出向・転籍、評価、譴責、差別など

 ストレス要因が存在すると、いわゆるストレス反応が引き起こされる。ストレス反応を分類すると、以下のものがある。

身体反応 肩こり、疲労感、頭痛、動悸、めまい、下痢、食欲不振、睡眠障害など
心理反応 不安、緊張、焦燥、抑うつ、気力/意欲低下など
行動反応 飲酒、ギャンブル、引きこもり、遅刻・早退・欠勤、集中力低下など

 ストレス要因によってもたらされたストレス反応が慢性的に継続したり、何らかの理由により急激に強まったりすることで、その人の対処能力を超えると、ストレス性の精神的疾病に発展するのだ。うつ病はその疾病の1つであり、そのほかには、統合失調症や神経症(ノイローゼ)がある。そして、その疾病の程度によっては自殺に発展することもある。

 ストレス要因がストレス反応を引き起こす過程においては、「個人要因(年齢、経験、性格、性質など)」「仕事外の要因(家庭や親族の出来事)」「緩衝要因(上司や同僚からの個人的支援、会社からの制度的支援、家族からの支援など)」が強く影響する。

 つまり、ストレス要因とストレス反応の間には一定の因果関係はあるものの、個人要因・仕事外要因・緩衝要因の有無や種類などの違いにより、ストレス反応の表れ方や、程度は一様ではないのである。同じストレスを受けていても、Aさんは何とか対処しているのに、Bさんはストレス反応を示すということがあるのである。

ALT 大塚 敏正

 今回の作品では、堺俊明がストレス反応を示すようになるまでのプロセスを描いた。

 堺にとっては、「プロジェクトマネージャに任命され、その職責を果たさなければならない」というプレッシャーが、ストレス要因となっている。

 同じようなプレッシャーを受ける人間はほかにも大勢いるはずだが、皆が堺と同じストレス反応を示すわけではない。

 大塚マネージャのように、そのプレッシャーを一種の「快ストレス」と感じる人間もいる。堺は彼固有の個人要因のためにストレス反応を示すに至ったのである。作品中で岡本課長が説明しているが、堺の場合、彼の心の中にある「面倒なことから逃げる」という姿勢が個人要因となって、ストレス反応を引き起こしたのである。

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