システムシンキング(しすてむしんきんぐ)情報システム用語事典

systems thinking / システム思考

» 2010年01月01日 00時00分 公開
[@IT情報マネジメント編集部,@IT]

 ものごとを考察するに当たり、“システム”という概念を用いて、対象全体を統一的・包括的にとらえる思考法のこと。狭義にはシステムダイナミックスで必要とされる循環する相互作用の考え方を理解するための思考技法をいう。

 何らかの働きや活動を示すものを考えたとき、その内部には一群の構成要素があり、それらが相互に連携しながら機能を果たしていることが分かる。このような互いに依存・作用し合い、秩序ある全体として振る舞う要素の集まりをシステムという。

 システムには境界があり、その内部にある構造や機構から一部を取り出してみても、全体が提供する機能や動作を理解することができない。そこで、対象の全体性を認識するために個々の構成要素ではなく、その関連性に注目するアプローチが要請された。この思考の様式がシステムシンキング(システム思考)である。

 システム思考やシステムアプローチは通例、分析的思考や還元主義に対置せられる。近代的な分析的アプローチはデカルト(René Descartes)を起点に論じられることが多いが、17世紀以降、西欧の自然哲学は機械論や原子論と結び付いた還元主義、実証主義的な方法論が優勢となり、ここから物理学を中心とした“科学”が生まれた。この中で生物学・生命論では機械論に反対する傾向が強かったが、20世紀になって遺伝学が登場、機械論的なアプローチが影響力を増しつつあった。

 ウィーン生まれの理論生物学者であるルートヴィヒ・フォン・ベルタランフィ(Ludwig von Bertalanffy)は、機械論では生命の本質をつかめないと考え、生体をシステムとして考察する有機体説を唱えた。さらに、ベルタランフィは生体システムが持つ成長・適応・調整・均衡といった働きの説明に“開放系”のアイデアを導入、このモデルが人間組織や社会システムなどの構造と同型とあるとして、1940年代に「一般システム論」を提唱した。同時期にノーバート・ウィーナー(Norbert Wiener)が「サイバネティクス」を創始、問題解決の分野で「システム分析」「システムズ工学」が登場すると、“システム運動”と呼ばれる思想的潮流が生まれ、「20世紀はシステムの時代」とまでいわれるようになる。

 このムーブメントの中で、さまざまなシステム概念が論じられてきた。一例を挙げるならば、システマティック思考/システミック思考、ハードシステム・アプローチ/ソフトシステム・アプローチ、階層的システム論/ホロン、セカンドサイバネティックス、自己組織化/創発性/複雑系科学、オートポイエーシスなどである。広義のシステム思考は、こうした各種のシステム概念を用いて対象を考察する思考法の総称といえる。

 広義のシステム思考に含まれるが、個別の思考技法としての「システムシンキング」と呼ばれるものがある。これはシステムダイナミックスの教育カリキュラムに由来するもので、フィードバックループの考え方を身に付けるために考案された。ラーニング・オーガニゼーションでは5つのディシプリンのうちの1つとされ、組織的学習/共通理解の土台になるものと位置付けられている。また1つの図解発想法・問題解決技法として、システムダイナミックスやラーニング・オーガニゼーションとは独立に扱われることもある。

 システムシンキング技法は、「時系列変化グラフ」「因果ループ図」「システム原型」などのツールを用いて、具体的な個々の出来事の時間的変化から繰り返し起こるパターンを見出し、そのパターンを生み出す因果関係をフィードバックループの形に記述していく。これにより、システムの構造を把握・理解し、さらには人々の心に潜む「メンタルモデル」を認識させ、必要に応じてこれをも作り変えるようにする。問題解決として利用する場合は、フィードバックループで表現された因果関係の中で、効果的な作用点=レバレッジポイントを探し出し、具体的な解決策を見出していく。

 素朴な思考法では因果律は、直線的・短絡的である。例えば、「売上が上がらない」という現象が見られるとき、その原因を「商品に魅力がない」「営業力がない」「価格が高い」といった理由に結び付けて終わりとなる。他方、システムシンキングでは諸要素の因果関係はループ(輪)を形成していると見なし、すべての構成要素は原因であると同時に結果であると考える。先の例であれば、「商品に魅力がない」ために「売上が上がらず」、そのために「商品開発の原資が不足」するので「商品が魅力がない」という円環が想定できるかもしれない。

ALT 因果ループ図のイメージ

 因果ループ図に表現されるフィードバックループには、拡張プロセスループと平衡プロセスループの2つがある。拡張ループは「買いが買いを呼ぶ」「人気が人気を呼ぶ」というような変数の累積的増幅が急成長を生むと同時に、「売りが売りを呼ぶ」というように変数値を暴落させ得る構造を持つ。他方、平衡ループはサーモスタット装置付きのエアコンが「温度が上昇したら暖房を停止する」「低下したら暖房を再開する」と室温を制御するように、変数の値が一定の幅で上下しながらも安定したパターンを示す。

 システムシンキングは自身が置かれた状況(システム)がどのような構造になっているかを拡張/平衡フィードバックの概念を使って理解したうえで、適切な対策を考えていく方法である。

参考文献

▼『システム・シンキング——問題解決と意思決定を図解で行う論理的思考技術』バージニア・アンダーソン、ローレン・ジョンソン=著/伊藤武志、岡亮一、張凌雲、川瀬誠、坂本祐司=訳/日本能率協会マネジメントセンター/2001年10月(『Systems Thinking Basics: From Concepts to Causal Loops』の訳)

▼『システム・シンキング トレーニングブック——持続的成長を可能にする組織変革のための8つの問題解決思考法』 ダニエル・H・キム、バージニア・アンダーソン=著/ニューチャーネットワークス、宮川雅明、川瀬誠、伊藤武志、辻倉直子、坂本裕司=訳/日本能率協会マネジメントセンター/2002年8月(『Systems Archetype Basics Workbook』の訳)

▼『システム・シンキング入門』 西村行功=著/日本経済新聞社(日経文庫)/2004年10月

▼『地球のなおし方——限界を超えた環境を危機から引き戻す知恵』 ドネラ・H・メドウズ、デニス・L・メドウズ=著/枝廣淳子=訳/ダイヤモンド社/2005年7月

▼『なぜあの人の解決策はいつもうまくいくのか?——小さな力で大きく動かす!システム思考の上手な使い方』 枝廣淳子、小田理一郎=著/東洋経済新報社/2007年3月

▼『システムダイナミックス入門』 島田俊郎=編/山内昭、内野明、町田欣弥、高萩栄一郎、椎塚久雄、黒野宏則、山極芳樹、石川芳男=著/日科技連出版社/1994年4月

▼『最強組織の法則——新時代のチームワークとは何か』 ピーター・M・センゲ=著/守部信之、飯岡美紀、石岡公夫、内田恭子、河江裕子、関根一彦、草野哲也、山岡万里子=訳/徳間書店/1995年6月(『The Fifth Discipline』の邦訳)

▼『フィールドブック 学習する組織「5つの能力」——企業変革をチームで進める最強ツール』 ピーター・M・センゲ、アート・クライナー、シャーロット・ロバーツ、リック・ロス、ブライアン・スミス=著/柴田昌治、スコラ・コンサルト=監訳/牧野元三=訳/日本経済新聞社/2003年9月(『The Fifth Discipline Fieldbook』の邦訳)

▼『一般システム理論——その基礎・発展・応用』 ルートヴィヒ・フォン・ベルタランフィ=著/長野敬、太田邦昌=訳/みすず書房/1973年1月(『General System Theory』の邦訳)

▼『越境する巨人ベルタランフィ——一般システム論入門』 マーク・デーヴィドソン=著/鞠子英雄、酒井孝正=訳/海鳴社/2000年6月(『Uncommon Sense: The Life and Thought of Ludwig Von Bertalanffy』の邦訳)

▼『未来の再設計——社会問題へのシステム・アプローチ』 ラッセル・L・アコフ=著/若林千鶴子=訳/啓学出版/1982年4月(『Redesigning the Future: Systems Approach to Societal Problems』の邦訳)


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