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» 2010年06月24日 12時00分 公開

そのERPとBI、本当に使いこなせますか?中堅・中小企業のためのERP徹底活用術(5)(2/2 ページ)

[鍋野 敬一郎,@IT]
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キモは将来を見据えたツール選定と、使いこなすための配慮

 さて、以上のような経緯があり、E社はさっそくERPとBIの導入に乗り出します。目的は全社員の「情報分析力の強化」です。従って、最初はBIツールの選定から始めました。当初は高度な分析機能と豊富な導入実績を持つ外資系ベンダのものが有力と思われたのですが、選定を進めていくうちに、2つの点でニーズとのズレがあることが分かってきました。

 1つ目は価格です。高機能のため、全社員にユーザーライセンスを配るとなると莫大な投資が必要になるのです。BIパッケージの年間保守料は、この「ライセンス購入額」に連動します。ERPと同時に導入することもあり、いくら過去最大のIT投資を決断したといっても完全に予算オーバーでした。

 もう1つは、分析システムの構築・維持コストです。高度な分析を行うためには、データ収集・蓄積作業や、BIの設計構築作業にも高度なレベルが求められます。その点、E社が扱っている商品には「ライフサイクルが短い」ものもあるほか、「変動が激しい市場セグメント」にも対応して売っていかなければなりません。これに対応するためには、ある程度、高度な作業ができるシステムが必要であり、なおかつ、それを維持管理できるシステム要員を自社内に確保する必要もあるのです。しかし、いろいろと情報を調べていく過程で、コスト面からこれは難しいことが判明しました。特に、市場の動きに合わせて、分析ロジックを変更するために、都度ベンダに開発を依頼するというのは、ランニング費用として非現実的だと考えたのです。

 このように、主にお金の面でプロジェクトは最初のハードルを迎えるのですが、E社はこれをどのように乗り越えていくのでしょうか。引き続き事例に戻りましょう。

事例:中堅食品メーカー、E社の決断 〜後編〜

 生き残りを賭けた社長の決断から、BIツールとERPの導入に乗り出したE社だったが、コストの観点から、最終的には国産のBIツールを選んだ。ライセンス料金がサーバライセンス制であるほか、システムの構築・維持が技術的に比較的容易であり、社内要員でも十分に対応可能であることが大きな決断要因となった。

 また、機能面では外資系製品に劣るものの、エンドユーザーが使い慣れたExcelやWebを利用できる操作性の良さも評価ポイントとなった。総合的に見て、シンプルで使いやすく、機能もある程度充実していることから、「現状の社員の習熟度に対して十分過ぎるスペックだ」と判断したのである。

 次に選定したのはERPである。多くのベンダが「食品製造業向けのERPパッケージ」や、「会計・経営管理に優れたERPパッケージ」を勧める中、最終的に選んだのは販売管理と物流管理に強みがある「流通業界向けのERPパッケージ」であった。その選定には社長も参加した。最終的な判断も、全ベンダのデモや事例紹介を社長が直接確認し、吟味したうえでの結果であった。

 実は今回、社長が想定していたのは海外進出であった。市場が縮小することが避けられない国内市場から、将来的には海外市場向けに商品開発を行い、売り込むことを考えていたのである。同時に今後、日本における居住人口増加が見込まれるアジア人向けの食品を輸入したり、国内生産したりすることも視野に入れていた。

 つまり、食品メーカーとして「食品製造の管理だけに目的を特化したERP」を導入するのではなく、「食品の輸出入にも対応できるERPを導入し、ゆくゆくはその活動の裾野を海外にまで広げたい」と考えていたのである。

 特に、国内向けの販売流通システムはすでに確立されており、E社が参入するすき間はまったくなかった。しかし、海外や日本国内に居住するアジア人向けの食品市場は、まだまだ参入可能な成長市場である。いまは小さな市場ではあるが、ある程度の規模になれば、国内生産しても十分に利益が出る。

 また、それを念頭に置いた海外食品の輸入は、市場規模を知ったり、国内生産に踏み切るタイミングを測るうえでも有効である。さらに、国内生産が軌道に乗れば、その商品を海外に販売することも可能なはずだった。「大手には小さすぎる市場だが、中小には十分収益をあげられる市場だ」――社長は、そこまで計算して「流通業界向けのERPパッケージ」を選んだのであった。

 こうしてERPとBIの導入を決めたE社では、全社員の分析力を高めるための研修や、新しい業務管理指標の作成、その管理レポートの内容や体裁の検討などを積極的に行った。同時に情報漏えいに関する教育も徹底的に実施した。さらに、これらを通じて「どのような目的でERPとBIを導入したか」「将来的には何を狙うのか」を全社員が十分に理解した。

 E社の具体的な活動はこれからだが、「近い将来、必ず今回の投資を生かして、大手企業に対抗できる」と全社員が信じているのであった。


情報感度の高い人材を持つ企業だけが、BIを使いこなせる

 さて、今回の事例のポイントが何かお分かりでしょうか? それはBIの導入済み企業でよく聞かれる話と、今回の事例を比較してみるとよく分かると思います。

 「BI導入企業でよく聞かれる話」というのは、「社長のおもちゃ」とか「導入して3年で使われなくなるシステム」という悪評です。前者は「社長の肝入りで経営分析システムを導入したが、その情報を見ることができるのは社長以下の限られた一部の人間だけなので、正直コストパフォーマンスが分からない」という状態を皮肉った言葉です。こうした状態では、社長が交替するとまったく使われなくなることも多いことから、情報システム部門において「社長のおもちゃ」などとよく言われているのです。ですから、BIベンダの方々にとっては、社長が交替した会社には売り込みのチャンスがあるということです。過去に導入されたBIツールには一切触れずに、知らないフリをして新しいBIを提案してみてはいかがでしょうか(もちろん皮肉ですよ)。

 一方、「導入して3年で使われなくなるシステム」というのは、システム運用を担っている方はよくご存じかと思いますが、BIシステムは構築して時間がたてばたつほどアクセスする頻度が落ちることを指した言葉です。これは「データ分析の軸や見方がビジネス環境に合わなくなってくる」ためです。つまり、商品も市場も変化しているために、導入当初の分析ロジックとのズレが生じて分析効果が薄れてくるのです。

 「それならデータ分析の軸や見方を刷新すればいい」と思うのですが、ここに落とし穴があります。大半のBIツールは、分析レポート機能を刷新するためには、実質的にゼロからシステムを設計・構築するのと同程度の作業が求められます。つまり、再びベンダを呼んでの作業が必要になるのです。ランニングコストに「定期的な作り直しの費用」は当然入っていませんから、結局、時間がたてば使われなくなるのは当たり前なのです。前項の冒頭で述べたように、企業の大小にかかわらず「情報分析力に優れた企業は少ない」ことには、実はこうした背景もあるのです。

ERPやBIを使う“準備”は整えていますか?

 ただ、そうした評判が立つ企業には、規模を問わず大きな共通点があります。それはBIにせよ、ERPにせよ“機能ありき”でITツールの導入を決めているということです。「この機能があれば○○ができる」といった具合に、ツール主導で業務を考え、導入後も、直接的にその業務に携わる一部の人間が、ただ「使うこと」しか考えていません。

 そこで紹介したいのが、「分析力を武器とする企業」(トーマス・H・ダベンポート、ジェーン・G・ハリス=著/日経BP社)という書籍です。著者は百戦錬磨のITコンサルタントであり、ERP導入にも長けた人たちです。彼らはこの著作の中で、「業績の良い企業を調べてみると、やはり情報分析力が高い企業ほど、優れた業績を記録していることが分かる」と述べています。そして最も重要なのは、「成功は、システム(技術)の導入によって決まるのではなく、社内の人と組織の習熟度が技術に見合っているかで決まる」と解説していることです。

図 分析力を高めるために、データ基盤としてERPを、分析ツールとしてBIを導入しても、導入しただけでは分析力は向上しない。戦略、人、技術(システム)の3つがうまくかみあって初めて成果が表れる。出典:「分析力を武器とする企業」(トーマス・H・ダベンポート、ジェーン・G・ハリス=著/日経BP社)

 当たり前のことですが、システムという道具は、それを使いこなす人と組織のレベルが見合っていなければ、使いこなせないただの箱となります。そして、今回の事例のポイントもまさしくここにあるのです。

 E社は社長のビジョンありきで、各ベンダのBIとERPの機能を吟味して選定しました。その過程で、コスト的な縛りがあったとはいえ、機能の豊富さに引きずられることもありませんでした。また、「何がしたいのか」という目標を持ちながらも、いまいる社内の人間の技術レベルをかんがみ、背伸びをすることなく「使いやすいツール」を選んでいます。さらに、導入後にはエンドユーザーである社員間で目標を共有し、分析スキルを高める研修まで行っています。つまりE社は、あくまで「目標」や「人」を主体としたツール選びをし、ツールを使いこなすための教育にも力を入れたのです。

 そう、今回の事例のポイントと、前項の冒頭で述べた「ITツール全般に通じる有効活用の鉄則」とは、「ツールを使う目的を明確に設定・共有すること」と、「ツールを使いこなすための業務ノウハウを教育・共有すること」なのです。結局、「ツールを使いこなせるのは、ツールで行おうとする業務の目的を理解しており、その業務のノウハウも持っている人間」だからです。この点を認識していたことが、E社の事例の教訓といえます。

 むろん、これはITツール全般に当てはまる、ツール選びと有効活用のための基本中の基本です。しかし、社の方向性を決める手掛かりを得るためのBI、そして基幹業務をつかさどり、日々の活動を実質的に支え、情報共有基盤となるERPの選定にとっては、特に重要な鉄則となるのです。

 こう説明してしまうと話は単純なようですが、実際に導入するシーンに遭遇すると、「目的ありき」「人ありき」でツールを選ぶのはなかなか難しいものです。そこでERPに限らず、いま一度ITツール選択・活用の基本を振り返っておくために今回の事例を紹介しました。特に昨今はようやくIT投資予算回復の兆しが見えてきたところです。こうしたときこそ基本に立ち返る姿勢が大切なのではないでしょうか。


 さて、今回は活用以前の“選定と導入”にフォーカスしたお話を紹介しましたが、いかがだったでしょうか。トーマス・H・ダベンポートらによる書籍、「分析力を武器とする企業」は“高い道具を使っても、必ずしもうまくはいかない”という耳の痛い話ではありますが、ITツールの活用を考えるうえで大変参考になると思います。ぜひご一読されることをお勧めします。

Profile

鍋野 敬一郎(なべの けいいちろう)

1989年に同志社大学工学部化学工学科(生化学研究室)卒業後、米国大手総合化学会社デュポン社の日本法人へ入社。農業用製品事業部に所属し事業部のマーケティング・広報を担当。1998年にERPベンダ最大手SAP社の日本法人SAPジャパンに転職し、マーケティング担当、広報担当、プリセールスコンサルタントを経験。アライアンス本部にて担当マネージャーとしてmySAP All-in-Oneソリューション(ERP導入テンプレート)を立ち上げた。2003年にSAPジャパンを退社し、現在はコンサルタントとしてERPの導入支援・提案活動に従事する。またERPやBPM、CPMなどのマーケティングやセミナー活動を行い、最近ではテクノブレーン株式会社が主催するキャリアラボラトリーでIT関連のセミナー講師も務める。


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