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» 2010年10月21日 12時00分 公開

大企業のまねをするとシステム構築・運用は失敗する中堅・中小企業のためのERP徹底活用術(6)(1/2 ページ)

新興国へのアウトソーシングの活発化により、中堅・中小企業にも海外拠点展開の波が押し寄せている。当然、業務システムも現地用のシステムが必要となるが、これをどう構築・運用すべきなのか? 海外でのシステム構築・運用経験がなくとも、大企業のやり方をまねすることなく、自社のならではの手段を考えよう。

[鍋野 敬一郎,@IT]

中堅・中小企業も海外拠点展開が避けられない課題に

 製造業の多くは、需要が回復しない国内から、急激に市場が拡大しているアジア、新興国へ活動の軸足を移しつつあります。日本が自動車やハイテク分野で生産を拡大した結果、米国の一部製造業が空洞化していった状況と現在の状況は重なる部分があるようにも思います。

 最近の基幹システム構築に関する状況も、海外展開やそのシステム構築、海外におけるシステムサポートに関する問い合わせが確実に増加しています。国内の生産拠点は統廃合が進み、これに伴って基幹システムも新規構築より「片寄せ」や「再構築」といった案件の方が増えているようです。

 こうした海外拠点展開はすでに大手企業だけのテーマではなく、中堅・中小企業にとっても重要なテーマとなっていますが、日本のITベンダの多くは海外でのシステム構築経験や運用サポート体制がないケースが多いのが実状です。日本の製造業やサービス業が積極的に海外進出している中、IT業界だけがこの流れから取り残されているようにも見えますが、そうした傾向は企業の情報システム部門にもうかがえます。

 そこで今回は、中小企業の情報システム部門が海外拠点展開に対応したケースをご紹介しましょう。同社は複数の実施案を検討するのですが、どの案も興味深く、多くの方にとって参考になるのではないかと思います。

事例:初の海外拠点展開、現地システムの構築・運用をどう実現するか〜前編〜

 「大手取引先、A社からの要請を受けて、わが社がマレーシアに生産拠点を置くことになったのはすでに皆も知っている通りだ。遅くとも1年後の来夏からマレーシア工場の操業を開始する予定だ。本日、情報システム部の皆さんに集まってもらったのは、このマレーシア工場のシステムをどのように構築、運用するかについて意見を出してもらいたいためだ。遅くとも、ひと月後には方針を決めて、社長および役員会に報告する必要がある」

 情報システム部長の説明を受けて、会議室は一瞬重苦しい沈黙に包まれた。パートや契約社員も含めて従業員が2000名に満たないF社の情報システム部は、部長も含めて総勢10名。この人数でPCから社内ネットワーク、経理システムまで、情報システムに関することには何にでも対応するという組織であった。最年少が35歳、最年長の情報システム部長が58歳、平均年齢は40歳以上で、ここ10年ほどは新人の配属もなかった。

 当然のことながら、IT投資に対しても「必要最小限」が大前提で、直近で構築したのは5年前、老朽化でハードウェアの保守期限が限界となった工場の生産管理システムをERPパッケージに載せ替えたのが最後であった。このときもベンダが見積もった金額を確保できず、標準機能を可能な限りそのまま使って、カスタマイズが必要な部分を最小限に抑えたものであった。

 そんなシステムであったため稼働後のクレームも多く、結局、入出力はExcelを使ったバッチインプットを多用し、不足する機能もERPパッケージをカスタマイズするのではなく、Excelのマクロなど外部で処理してから利用するという仕組みになっていた。そうした状態で5年間を経て、ようやく最近になって現場からのクレームや機能追加の要望も落ち着いてきた矢先に、最大の取引先である部品メーカー、A社から「一緒に海外進出を」と要請されたのであった。

 F社としては、これを拒否することは無理であった、そこで何とか1年後の工場進出の目処を立てたのだが、その最後のハードルが「現地の生産管理システムをどうするか」という問題なのであった。会議室の重苦しい雰囲気を感じながら、情報システム部長は話を続けた。

 「すでにERPパッケージベンダと導入ベンダには状況を説明して、3つの案を出してもらった。その案について簡単に説明したいと思う。概算費用などは、配布した資料に記載されている通りだ。まず案1は『マレーシア工場に新規にERPパッケージを導入する』というものだ。先方は、この方法を採ると決定しており、すでに現地のITベンダと交渉を開始している。今月中に正式に契約を交わして、来月半ばよりシステム導入作業に入るとのことだ。われわれが採用している生産管理のERPシステムも同じ製品なので、先方からは『考え方としては、このやり方がスタンダードだ』と言われた」

 しかし、このやり方を採用するには莫大なIT投資が必要であった。また、現地にIT要員を数名配置して、現地ITベンダとシステム導入および運用をコントロールしなければならない。見積もりの概算費用はF社の情報システム部門が確保できる予算の3倍近かった。たった10名しかいない情報システム部門の約半数を海外に滞在させることも現実的には不可能だった。

 また、F社の情報システム部門に所属するメンバーは、全員入社以来、ずっと情報システム部門所属であった。ごくまれに海外の取引先や購買担当者に同行して海外出張することはあるが、そもそも海外でのシステム構築や運用については経験もイメージもまったく持っていないのであった。

 「案2は『現在、国内で使用しているシステムをおおむねコピーしたものをマレーシア工場に流用する』というものだ。これなら新規にERPパッケージを導入するよりは安上がりになる。しかし、このシステムを構築してもらったベンダには『海外でのサポートは期待しないでくれ。システム改修と運用については、そちらで独自に対応してほしい』と言われている」

 その際、F社は、ERPパッケージベンダから「海外拠点のサポートができる」というベンダも紹介してもらえたのだが、そのベンダは他社が構築したシステムの運用を引き継ぐことに難色を示したのであった。「現地常駐型の5名体制のアウトソーシング契約を、最低でも5年間契約してくれるなら、システム調査費用を含めて検討しても良い」という譲歩案も出してくれたが、その概算費用はF社がとうてい払えるような額ではなかった。

 実際、他社が構築したシステムを、まったく別のベンダがサポートするというのは非常に難易度が高いものである。運用サービスを提供する際は、その条件として上記のように「システムの内容を調査する作業を行ったうえで、5年間以上の長期契約を交わす」ケースが一般的だが、今回のケースではさらに海外拠点という条件が加わるため、そのハードルは一層高まってしまうのであった。

 「最後に案3だが、これは『現在、国内で使用しているシステムをそのままコピーして、マレーシア工場用に流用し、サーバは日本国内に設置する。そのうえで国際回線を使って、日本国内に設置したサーバに現地システムを接続して利用する』というものだ。国際回線の通信費はぼう大だが、現地にシステムを置くわけではないので、構築費用も運用費用も最小限に抑えることができる。ただし、マレーシア工場との接続が切れたりすれば、即操業に支障が出る可能性があるほか、物理的な距離の問題からサポートレベルが著しく下がる懸念もある。もちろん運用保守に関して生産部門から相当厳しいプレッシャーがあると思われる。そもそも生産管理システムが止まるというのは、常識的にはあってはならないことだからな」

 情報システム部長はそこまで一気に説明すると、少しためらうようにして話を続けた。

 「この案3について、ERPパッケージベンダに似たような過去事例があるかと聞いてみたのだが、ない、とのことだった。ケースとしては少し異なるものの、クラウドコンピューティングを利用したERP動作検証はすでに行われているようだが、これをリリースするのはまだ半年以上先になるとのことだった」

 現在、利用されている多くのパッケージ製品は、クラウド環境での利用を前提として設計されていない。従って、そうしたパッケージシステムをクラウド環境に移行するというのは、まだまだ現実的ではないのである(ただし、国内に大型サーバを導入して、これを国内外から利用するという手法にはいくつか事例がある)。


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