探偵の7つ道具に手帳は欠かせない―捜査技術の第10条「探偵の7つ道具に手帳は欠かせない」:ビジネス刑事の捜査技術(15)(2/2 ページ)
テレビドラマの刑事はいつも警察手帳を携帯し、聞き込みの情報などをメモしているイメージがある。一方、実際の刑事は、手帳に日記を書くことを重視しているという。日記を書いたことによって、後から新しい発見があるからだ。刑事は何のために日記を書くのだろうか。
人が変われば世の中は変わる
人「Who」に着目することは、世の中の理屈に合っている。法人といってもしょせんは人がつくったものであり、オーナーや経営者が変わってしまえば、その組織のカラーもがらっと変わってしまう。取引先の担当者が変わった途端、長年の信頼関係がなかったも同然の取引を余儀なくされたり、新しい経営者が創業以来の企業文化を否定して、取り巻きもしっかり入れ替えてしまったりするようなことはよくある話だ。商品も設備も、組織も資金も会社の中に存在するあらゆるものですら、人の価値観によって、その意味も重要性も変わってしまう。
「5W1H」そのものすら、人それぞれの視点によって、見えることが変わってくる。まさに「視点」という言葉が表しているように、人の「目」こそ、情報を定義する時点、情報を解釈する時点、それぞれにおいて、大きな影響を与えている。
小説は書き手の「視点」と読み手の「視点」が合わさって、読み手の数ほど、さらには読み手が読み返して書き手の新たな「視点」に気付くたびに、作品が生まれるといっても過言ではないだろう。
予定もタスクも人にくっついている〜名刺データを活用しよう
システム手帳であれ、電子手帳であれ、情報システムであれ、営業活動や業務情報を記録しようとする場合、どのような分類キーを設定しようと考えるだろうか。日時による時系列管理や、作成部署など組織別管理、あるいは、客や取引先の地域や企業名、取扱商品や製品などをアイウエオ順管理するなどが一般的かもしれない。そして、おそらく、担当者や相手先担当者の情報は分類キーとしてではなく、付随情報として管理されていることがほとんどではないだろうか。
市販されているシステム手帳のフォーマットを見てみると、予定と日記を書き込めるスケジューラと、要件を管理するためのタスクシート、名刺データなどを集めたアドレス帳、覚書としてのメモ帳の4つのフォーマットが提供されていることが多い。しかし、本当にこの4つのフォーマットが日記として適しているのだろうか。
情報は、古いか新しいか、緊急かそうではないかなど時系列性によって、重要度が決まることが一般的なため、日時による分類は不可欠である。しかし、タスクシートやメモ帳の内容を単にアイウエオ順に分類してみても、どれだけの意義があるだろうか。そして、組織別や客先別に分類することにどれだけ意義があるだろうか。結局、タスクや覚書の内容も人に結び付いているとすれば、そのタスクの依頼者(組織名は付随情報として管理する)や、その覚書の内容に結び付く人の名前で整理しておく方が得策なのである。
昔、筆者が仕事でお会いした営業系の方で、名刺の裏側の余白部分に会った人の特徴や重要と思ったことを書き留めている人がおられた。電子手帳ならば、アドレスデータのコメントフィールドを活用することができるだろう。おそらく、人の顔に結び付いた情報はわれわれが記憶するにも適しているのではないだろうか。
捜査技術としてのCRMを考える
人を分類キーとして情報管理しようとする考え方は、何も筆者が初めて考え出したものではない。CRM(顧客関係管理)における考え方は、まさに、情報管理の「視点」を顧客に置くことによって、顧客から見た自社との関係をきめ細かに管理しようとするものである。
そこには、生身としての自社側担当者と、客先担当者との関係について情報管理することに意義があるのであって、表面的な法人名や組織名だけでCRMを使おうとしても、効果は期待できない。
CRMの本質は、洗練された画面デザインや豊富な管理機能ではなく、名刺の裏側の余白部分に書き込まれたメモ書きにこそあるはずだ。相手の人をできる限り思いやり、相手のためになるために、できるだけ相手のことを深く知ろうとする姿勢こそ、CRMの本質なのである。その思いと、手帳に書かれた記録が合わさったとき、どのような目的であったにせよ、その人の捜査活動は進んでいくことだろう。
視点を自在にあやつれ
硫黄島での日米決戦を、米国、日本のそれぞれの視点で描いた映画が話題となった。まさに同じ史実であっても、視点が変われば伝わってくる情報はまったく違ったものとなるという証明のような作品である。
われわれは、本来的に自己中心的にものを考えてしまうようにできているらしい。しかし、意識することによって、相手の立場でものを考えたり、他人の視点で物事を見たりすることができる。その日の営業活動も自分の側の視点で振り返ってみるのではなく、相手の担当者の視点で思い出してみてはどうだろうか。気が付かなかったことが見えてくるかもしれない。
実は、人にとって一番よく分からないのが自分自身だ。自分の姿は鏡を見ないと見えない。普段はまったく意識できていないのである。だからこそ、人の視点でものを考えることが大切なのである。人の視点から自分自身の姿が見えてくるのだから。
次回予告
今回は、捜査の技術第10条「探偵の7つ道具に手帳は欠かせない」の中で、日記、日誌を書くなら人に着目せよということを説明した。さらに、その人の視点で書くことができれば、より重要な情報を得られるかもしれないということもお話しした。
捜査の極意は、いかに犯人の気持ちを理解できるかである。相手の立場に立って考えられるように努力すれば、きっと、商売も人間関係もうまくいく。それがこの連載を通じてお伝えしてきたことであり、マスターできれば免許皆伝である。
さて、次回でこの連載も最終回である。捜査の技術の第1条から10条まで振り返ってみることにしよう。
筆者プロフィール
杉浦 司(すぎうら つかさ)
杉浦システムコンサルティング,Inc 代表取締役
京都生まれ。
- 立命館大学経済学部・法学部卒業
- 関西学院大学大学院商学研究科修了
京都府警で情報システム開発、ハイテク犯罪捜査支援などに従事。退職後、大和総研を経て独立。ファーストリテイリング、ソフトバンクなど、システム、マーケティングコンサルティング実績多数。
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