本当の音、引き出す指先――ヘッドフォンドクター・稲垣雄太:プロの流儀(2/2 ページ)
ケーブルの修理やカスタマイズのサービスは、悩めるオーディオファンたちの最後の砦、そして新たな一歩を踏み出すための強い味方。東京・秋葉原の専門店「e☆イヤホン」に“ヘッドフォンドクター”を訪ねた。
ただの修理屋、でも一生使えるものを作る
6月のある日、1人の客が訪ねてきた。某IT系メディアの記者という面倒そうな客だが、稲垣は嫌な顔ひとつしない。持ち込んだのは“FitEar”のカスタムIEM「MH335DW」とOPPO Digitalのポータブルヘッドフォンアンプ「HA-2」。毎日、家族よりも長い時間を一緒に過ごしている“仕事の相棒”だという。
稲垣はいつものようにカルテを取り出し、客の要望を書き留めはじめる。依頼内容は「HA-2の実力を知りたい」。つまり、FitEarのケーブルをグランド分離型の3.5ミリ4極プラグ仕様にカスタマイズする仕事だった。
さっそく、愛用のハンダごてに火を入れる。慣れた手つきでプラグを切り取り、中にある4本のケーブルをより分けた。今度は黒いゴムパイプを取り出して3種類の長さに切り分け、それを通してからケーブルの処理に入る。動きに迷いは全くない。知識と経験に裏打ちされた手さばきだ。
長い線材に細いパイプを通してドライヤーで温める。プラグには4つの極があり、先の方まで届くケーブルを絶縁するのだ。4本の線をハンダごてでプラグに固定すると、テスターでチェック。この後は、1つの作業を終えるごとにテスターで確認する。
さらに一手間。プラグ内部を樹脂でコートして耐久性を上げる。普通の修理ならここまではしない。さらに最初に通したパイプをドライヤーで圧着してからプラグの外装を装着した。「このパイプが根元を保護して断線しにくくします。ケーブルの断線はプラグの根元で起こることが多いのですが、ここが固いとその先で断線してしまいます。それを避けるため、標準より柔らかいパイプを使っています」。豊富な知識と経験に裏打ちされた細かい配慮。これが稲垣の仕事の真骨頂だ。「われわれは修理屋です。でも修理するからには、一生使えるようなものを作りたい」。
機器の能力を発揮させる
最終チェックは、実際に機器につないで行う。幸い、店内には試聴用の機器が山ほどある。同じグランド分離型駆動に対応したプレイヤーに接続して音をチェックすると、ようやく客に聞いてもらう段階になる。試聴した客が満足げにうなずくと、稲垣はうれしそうに笑いながら、いそいそとiPadを取り出した。
一仕事終えると、必ず行う儀式のようなもの。自分が手がけたものをiPadで撮影し、会社のTwitterアカウントで公開する。お手製のバック紙は、適当な模様をプリンターで打ち出しただけの簡素なものだが、写真になると映える。こうして公開された“作品”を見て徐々に依頼が増え、サービスを拡大する原動力になった。
――カスタマイズとは?
「機器の持っている能力を発揮させること。ポータブルオーディオをもっと楽しめるよう、踏み込むこと」。
ふとテーブルの上をみると、伝票に「北海道」と書かれた小包が届いていた。全国のオーディオファンが頼りにする“修理屋”は、今日も小さな工房でハンダごてをふるう。
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