ペンタックスとHOYAの合併に考える――対等なM&Aへのこだわりは通用するのか 保田隆明の時事日想

» 2007年04月12日 09時34分 公開
[保田隆明,Business Media 誠]

著者プロフィール:保田隆明

やわらか系エコノミスト。外資系投資銀行2社で企業のM&A、企業財務戦略アドバイザリーを経たのち、起業し日本で3番目のSNSサイト「トモモト」を運営(現在は閉鎖)。その後ベンチャーキャピタル業を経て、現在はワクワク経済研究所代表として、日本のビジネスパーソンのビジネスリテラシー向上を目指し、経済、金融について柔らかく解説している。主な著書は「M&A時代 企業価値のホントの考え方」「投資事業組合とは何か」「なぜ株式投資はもうからないのか」「株式市場とM&A」「投資銀行青春白書」など。日本テレビやラジオNikkeiではビジネストレンドの番組を担当。ITmedia Anchordeskでは、IT&ネット分野の金融・経済コラムを連載中。公式サイト:http://wkwk.tv。ブログ:http://wkwk.tv/chou


 HOYAとペンタックスが揺れている。問題の発端は、対等の精神で経営統合をするとしていたことにあると思われる(2006年12月の記事参照)。企業規模で見ると、売上高ではHOYAが4000億円弱あるのに対し、ペンタックスは1600億円程度と2倍以上に開きがある。これが時価総額で見てみると、HOYAは1.8兆円あるのに対し、ペンタックスは1,000億円である。18倍もの差があるのだ。これはひとえにHOYAの収益性がペンタックスのそれを大幅に上回るため、市場からより高い評価を受けていることにある。

 このような2社の経営統合において、精神面で対等をうたうのはいいとしても、実際の統合を考えるにHOYAという“大”がペンタックスをいう“小”を飲み込むという構図であることは否定できない。当事者の会社同士がどのようにうたおうが、市場はHOYAによるペンタックスの事実的買収と見るわけであり、そうなると、HOYAはペンタックス株主に対して買収プレミアムを支払うべきだという発想に当然なる。そのプレミアムが低いではないか、というのが、今回のペンタックス株主が巻き起こした議論である。

 ここで1つ、面白い前例がある。大阪製鐵と東京鋼鐵が経営統合をしようとして株主総会に諮ったところ、40%以上の株主に反対されて否決された件だ。この場合も、大阪製鐵と東京鋼鐵は、時価総額では10倍もの規模の違いがあり、実質的には大阪製鐵による東京鋼鐵の買収と市場には映った。しかし両社の経営統合では、大阪製鐵から東京鋼鐵に支払うプレミアムがほぼないという状態だったため、東京鋼鐵の大株主となっていた、いちごアセットというファンドが「統合比率を考え直すべきだ」と主張し、それに同調するほかの多くの株主が反対票を投じた。

 いちごアセット他、反対票を投じた株主は、統合比率に対しては反対だが、経営統合そのものには賛成していた。しかし会社側は、株主総会で経営統合提案が否決されたことにより、統合比率の見直しを行うのではなく、経営統合そのものをやめてしまった。統合比率を見直すと経営統合上どのような不都合が生じるのかに関しての説明不足の感が否めず、経営陣が株主の反対行動に対して感情的になりすぎではないかと思う。しかし一方で、この経営陣の決断によって一番困るのは、他ならぬ東京鋼鐵の株主である。

 せっかく大阪製鐵と経営統合をして企業価値の向上が図れると思っていた矢先に、自らが統合比率に反対したことにより経営統合までなくなってしまった。手元に残ったのは、再び小規模単独企業となってしまった東京鋼鐵の株券のみ。しかもその東京鋼鐵の株価は、経営統合がお流れになった後、当然ながら下落の一途を辿っている。

 企業の経営陣は株主利益の最大化を図ることが原則であり、それに従えば東京鋼鐵経営陣はやはり自社株主に有利な統合比率獲得を目指すべきだったと思う。しかし、わが国の資本市場では経営陣の本来の役割が明確ではない、もしくは正しく理解されていない面がある。経営陣と株主の信頼関係が薄いこともあり、企業経営陣が株主価値最大化という原則に則って行動することはむしろ稀である。

 そういう国の株式市場においては、株主が原則に則った形での行動をしていると、むしろ自らが不利益を被る可能性があるということを経験した一例だったのではないかと思う。

 さて、今回のHOYAとペンタックスの件。ペンタックス株主が株主理論の原則に則って統合比率に不満と表明したことが、このような事態を招いた。企業経営陣が原則に則った行動をしてくれれば全て丸く収まることになるが、大阪製鐵と東京鋼鐵の件がそうだったように、企業経営陣は必ずしも株主価値最大化という原則に則った行動を取るわけではない。東京鋼鐵株主と同じように、ペンタックス株主も困ってしまう可能性がある。

 日本ではM&Aにおいて、「対等の精神で」とうたうことは今までも良くあった。しかし、本当の意味でお互いがイコールの立場で1つになるケースは実際には少なく、自ずとどちらかの会社が主導的立場になる。それを「対等の精神で」という名のもと、うまくオブラートに包んできたわけだが、株主たちは株主理論に従い、「もうそういうオブラートはやめてくれ、どちらが主導的かは外から見ると明らかなんだから、買われる側の株主にはキチンと買収プレミアムを支払ってくれ」と主張し始めた。

 本来であれば、対等の合併や経営統合というものがなくなっていく流れなのだとは思うが、今回のペンタックスの件でも、もし経営統合そのものが流れれば、まさに東京鋼鐵の二の舞となってしまう。そうなると、せっかく前進し始めた日本のM&A市場が再び後退することとなり、株式市場的にも懸念材料になってしまう。今回のペンタックスのような、対等合併にこだわる経営陣の悪あがきは、これで最後になってほしいと思うばかりである。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.