三角合併に大騒ぎするのは、自意識過剰企業だけ保田隆明の時事日想:

» 2007年04月19日 00時00分 公開
[保田隆明,Business Media 誠]

著者プロフィール:保田隆明

やわらか系エコノミスト。外資系投資銀行2社で企業のM&A、企業財務戦略アドバイザリーを経たのち、起業し日本で3番目のSNSサイト「トモモト」を運営(現在は閉鎖)。その後ベンチャーキャピタル業を経て、現在はワクワク経済研究所代表として、日本のビジネスパーソンのビジネスリテラシー向上を目指し、経済、金融について柔らかく解説している。主な著書は「M&A時代 企業価値のホントの考え方」「投資事業組合とは何か」「なぜ株式投資はもうからないのか」「株式市場とM&A」「投資銀行青春白書」など。日本テレビやラジオNikkeiではビジネストレンドの番組を担当。ITmedia Anchordeskでは、IT&ネット分野の金融・経済コラムを連載中。公式サイト:http://wkwk.tv/ブログ:http://wkwk.tv/chou


 5月に解禁される三角合併関連の話題が、メディアを賑わせている。「三角合併」という言葉が耳慣れないこともあって盛り上がっているのだろう。だがいっそそんな言葉は忘れて、単純に“5月から海外企業と日本企業とが株式交換ができるようになる、それだけのこと”と理解するほうが手っ取り早い。直接に株式交換をすると、もろもろの不都合が生じるので、海外企業が日本企業を買収する場合は日本に子会社を設立し、その子会社と日本企業で株式交換をする。このステップが三角形に似ていることから「三角合併」と呼ぶ――ただそれだけだ。

海外から見て、魅力的な日本企業は少ない

 現時点で日本企業と海外企業の間で株式交換はできないのか。例外はあるものの、基本的にはできない。そもそも日本企業同士の株式交換が可能になったのはここ10年以内の出来事である。それほど日本のM&A市場は整備されていなかったのだ。

 さて本題。なぜ三角合併がこれほどまでに騒がれるのか?

 それは“三角合併=黒船来襲、海外企業による敵対的買収が増加する”という間違った理解があるからだ。しかし三角合併が解禁になっても、海外企業による敵対的買収はそもそも増えないだろう。

 その要因として、海外企業が買収したいと思う魅力的な日本企業が少ないことが挙げられる。平均すると、日本企業のROE(株主資本利益率)はアメリカ企業に比べると約半分。不況から脱したとはいえ、日本企業は効率的に利益を上げるという点で、まだ欧米企業に見劣りする。にもかかわらず、日本の上場企業のPER(株価収益率)は20倍前後もあり、これは欧米の15倍程度に比べると高い。要するに収益性が低いのに株価は割高、というのが日本企業の状態なのだ。

 そんな企業をわざわざ買収したいという海外企業はあまり現れないだろう。日本では株式会社の経営陣たちが勝手に「敵対的買収だ」などと騒いでいるが、実に自意識過剰と言わざるを得ない。

 そんな暇があるなら、経営にまい進された方がよいと思う。日本企業は自らの高いPERを利用して、高い収益性を持つ海外企業を株式交換によって買収する――その方がよほど理にかなう。どうやって三角合併を活用し、海外企業を買収しようかという戦略を練るのが、本来の経営者の姿ではないか。受身でとらえるのではなく、日本企業が積極的に三角合併を活用すればいいのだ。

三角合併のリスク

 収益性やPERの話をする前に、そもそも三角合併には大きな問題点がある。それは「フローバック」と呼ばれるもので、三角合併を行うと買収側企業の株式が大量に売られ、株価が下がってしまうという現象だ。この問題が存在する限りは、友好的M&Aであれ敵対的M&Aであれ、三角合併を利用したいと思う企業は少ないはずだ。

 三角合併の株式交換で海外企業が日本企業を買収すると、それまで日本企業の株式を保有していた株主には海外企業の株式が渡されることになる。よく分からない海外企業の株式をもらっても株主は困惑するだけ。すぐに株式を売却して現金化し、別の日本企業の株式を購入するかもしれない。また、日本株運用ファンドの場合、海外株式の購入が禁じられていることも多いので、海外企業の株式を売却することになる。そういう売り圧力の流れは、買収側となる海外企業の株価下落を招く。

 このようなリスクを抱えるとすれば、わざわざ三角合併を用いず、現金で買収するだろう。もちろん現金が不足して、一部は株式交換で対応したいというケースも出てくるかもしれない。だが不足分は、つなぎ資金で手当てしておき、後で株式を発行すれば帳尻が合う。

 そもそも三角合併が解禁されなくても、海外企業による日本企業の買収は可能だ。単にTOBをかければいいだけである。三角合併の場合は株主総会に諮る必要があるうえ、3分の2以上の賛成を得る必要がある。TOBの場合は、発表さえしてしまえば実行可能だから、その方が楽である。特に敵対的買収には、TOBが適している。敵対的買収をするときに三角合併を用いて、わざわざ株主総会で3分の2の賛成を得るよりも、TOBで過半数を目指したほうが早い。

日本企業経営陣の勘違い

 それでも現状では、海外企業による国内企業への敵対的TOBは数が少ない。従って、三角合併が解禁されたところで、海外から国内への敵対的買収が増えるとは思えないのだ。

 日本の株式会社経営陣の方々は、三角合併による敵対的買収を恐れ、敵対的TOBを懸念していないのではないか。“敵対的TOBに対しては、買収防衛策を導入することで手当て済み”という勘違いをしているかもしれない。実際、敵対的TOBを仕掛けられると、買収防衛策を導入している企業では防衛策が発動されると思う。その場合も司法の場で争えば明らかに株主利益を毀損する場合を除いては防衛策の発動は差し止めになると思われる。

 三角合併、ひいては敵対的買収に対する恐怖心――それは自らの経営手腕への恐怖心に他ならないのではないか。

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