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» 2007年04月23日 17時10分 公開

“囚人のジレンマ”で考える、ソフトバンクモバイルの価格戦略ロサンゼルスMBA留学日記

今回取り上げるのは「ゲーム理論」。携帯業界のような寡占市場に当てはまる理論「囚人のジレンマ」を紹介します。ソフトバンクの戦略は、囚人のジレンマに対する解となるのか? ソフトバンクの価格戦略について考えてみましょう。

[新崎幸夫,Business Media 誠]

著者プロフィール:新崎幸夫

南カリフォルニア大学のMBA(ビジネススクール)在学中。映像関連の新興Webメディアに興味を持ち、映画産業の本場・ロサンゼルスでメディアビジネスを学ぶ。専門分野はモバイル・ブロードバンドだが、著作権や通信行政など複数のテーマを幅広く取材する。


 今回は、「ゲーム理論」をご紹介しましょう。ゲーム理論とは、例えば一定のルールが存在するような状況を想定して、そこでプレーヤーがどう行動するのか、それがどんな結果につながるのかを考えたモデルです。

 かなり有名な理論であり、また「囚人のジレンマ」という用語とセットになって語られることが多いと思います。まずは簡単に言葉の意味を説明し、現実世界と関連付けた考察をしてみましょう。

 「囚人のジレンマ」という名前の由来は、次のようなシチュエーションからきています。

ゲーム理論

 ある事件に絡んで逮捕された囚人が2人います。看守は一計を案じ、2人を別々に独房にいれた上で、それぞれに言います。

「共犯なんだろう? もしお前が仲間を裏切り、犯罪について洗いざらい話したら、お前の罪を軽くして、懲役半年にしてやろう。その場合、裏切られたお前の仲間は罪が重くなって、懲役5年だ。逆にお前がしゃべらずに相手に裏切られた場合は、お前が懲役5年だ。ちなみに、もし2人とも洗いざらい話した場合は、双方の貢献とも認められないので、2人とも懲役2年だからな」

 囚人は、このまま黙秘を貫いて看守にこれ以上の証拠を渡さなければ、懲役1年ぐらいで済むだろうな……と知っています。

 このとき、囚人はどのような行動をとるでしょうか? ズバリ、2人とも裏切ります(笑)。結果、2人とも2年の懲役になるわけです。互いに黙っていれば1年で済んだのに……。

 このように、プレーヤー2人が、双方とも多少デメリットのある結果に落ち着いてしまう状況。これをゲーム理論上「囚人のジレンマ」と呼びます。

なぜ囚人は相手を裏切るのか?

 なぜ、囚人は2人とも裏切ったのでしょう?実は、彼らは各々「最適な」行動をとっているのです。このモデルを図式化して考えてみます。

 以下の図を見てください。プレーヤーは2人いて、選択肢を2つずつ持っています。2×2で「結果」は4通りあります。

カッコ内は(プレーヤー1の結果/プレーヤー2の結果)

 プレーヤー1の視点で、この2×2のマトリクスを眺めてみます。プレーヤー2が“黙秘”したと仮定しましょう。結果は1か2のどちらかですね。プレーヤー1の結果にだけ限れば、懲役1年か半年です。半年のほうがいいに決まっています。プレーヤー1は「完落ち」を選んだほうがお得ですね。

 プレーヤー2が“完落ち”したと仮定しましょう。結果は3か4のどちらかです。プレーヤー1の結果に限れば、懲役5年か2年のどちらか。これは2年のほうがマシです。やはり「完落ち」を選びます。したがって、プレーヤー1は「よし、プレーヤー2がどうあろうととにかく完落ちだ」と結論を下します。確かにこれが、もっともな答えなのです。

 一方、プレーヤー2も同様の思考過程を経て、同じ結論に至っていました。結局は、双方2年の懲役。懲役のバリエーションが半年、1年、2年、5年とあるのを考えると、いまいちパッとしない結果に落ちついてしまいました。

 ポイントは、

  1. 両者の判断が“同時に1回だけ”行われていること。
  2. プレーヤー間の情報共有が許されていないこと

この2つです。とりあえず、この2つを覚えておいてください。

値下げ競争に置きかえてみると……?

 この理論の応用範囲は広いのですが、例えば寡占マーケットなどで引用されることが多いように思います。寡占(Oligopoly)とは、要は一社独占とまではいかないが、少数企業が市場全体の大半を占める、という状況ですね。例えば携帯業界などは、典型的な寡占市場です。

 囚人のジレンマを、「携帯事業者のジレンマ」に置き換えてみましょう。市場に2つしか事業者がいないと仮定します。仮に、NTTドコモとソフトバンクモバイルにしましょうか。互いに値下げをせずにいれば、儲かることが分かっています。両社は5000億円の利益があるとしましょう。

 仮にソフトバンクが値下げを断行し、ドコモが価格を下げなかった場合、ドコモユーザーが値下げしたソフトバンクに流れ、それぞれの利益が7000億円/1000億円になるものとします。しかし両社が共に値下げした場合、ユーザー比率は変わらず、利益が4000億円と4000億円になるとします。つまり自分だけが値下げして、相手が現状維持という結果が望ましいわけです。

カッコ内は(NTTドコモの結果/ソフトバンクモバイルの結果)

ソフトバンクの戦略はどう解釈できるか?

 ゲーム理論でいくと、検討した結果、携帯事業者は両方とも値下げを選択し、結果4になります。これが「携帯事業者のジレンマ」(?)。ユーザーにとっては嬉しいシナリオですね。ただ念のため、理論と現実ではいくつか違いがあることを指摘しておきます。

 その理由の1つは、上記判断はジャンケンのように1回だけ行われるわけではないこと。相手が値下げしたら、こちらも値下げする……という形で、何らかの継続的なリアクションがあります。したがって結果が4通りしかない、ということはないでしょう。なおゲーム理論には、繰り返し行われるゲームについての研究もあります。

 もう1つは、状況によってはプレーヤー間で情報共有が行われる場合があること。どうするつもりなのか、互いに意志を確認しあう、ということですね。これが行き過ぎて、プレーヤー同士が密室にこもり「価格は下げないでおこう」と談合したとなると、取り締まりの対象になりそうです(本稿では法律の詳細は議論しませんが)。

 OPEC(石油輸出国機構)の石油カルテル戦略は、石油の値段を高止まりさせるための戦略として、よくゲーム理論の例に取り上げられます。ただ、この手のカルテルは「1人が裏切ると、その裏切りプレーヤーが多いに得をする」という側面があるため、維持するのがなかなか難しかったりするようです。

ソフトバンクの「値下げ対抗」は、相手を縛る作戦か?

 ソフトバンクは2006年10月に、ドコモとauとの価格競争において大胆なアナウンスをしました。「ドコモ・auが値下げをした場合には、24時間以内にソフトバンクもさらに値下げをする」というのがそれです(2006年10月の記事参照)

 これは言ってみれば、自らの選択肢を減らしてしまう戦法です。しかし一般にマネジメントでは「選択肢は多い方が良い」といわれています。仮に相手が値下げしたとき「自分は下げようか、どうしようか」と、手持ちカードは複数あった方がいい。これが普通の感覚でしょう。

 では、ソフトバンクの戦略は間違いでしょうか? そうとは言い切れません。1つの可能性として考えられるのは、上記の「囚人のジレンマ」を避けるための、一種の工夫かもしれない、ということです。つまり、前述の「情報共有」という部分について、相手に一定のシグナルを送っているということではないでしょうか。

 ソフトバンクとしては、相手に対して手の内をさらしていることになります。「ドコモが値段を下げたら、ソフトバンクも絶対に下げる」という状況を固めて、前提として自ら作り出すことにより、ドコモ側に「じゃあ価格を下げても相手を出し抜けないな」と判断してもらう。そして値下げを踏みとどませる、ということではないでしょうか。

 実はゲーム理論でも、「先手をとって自分のポジションを明示することで、相手の選択肢を狭め、結果的にこちらの思うところに誘導する」という考え方があります。こうしたアイデアが、背景にあるかもしれません。

 もちろん、この戦略は自らの選択肢を削っているわけですから、危険もありそうです。つまり、ある程度相手が状況をコントロールできるわけです。具体的に問題になるのはドコモやauが「よし分かった、こちらは1年や2年ぐらい利益がゼロになったって大丈夫だから、いっぺんとことんまで値下げ企画をやってやろうか」という「壮絶な命の削りあい」に出てきたときです。この場合、ソフトバンクは逃げることは許されないわけですから、相手の思うままに利益を削られてしまうでしょう。

 ただ、ドコモ・auとしてもそこまで危険な攻撃を繰り出す勇気はないかもしれません。また一度値下げしてしまうと、再び値上げするのは難しいという問題もあるでしょう。ともあれ、ソフトバンクの戦法は囚人のジレンマに対する解決策となり得るのか、それとも別の結末が待っているのか、なかなか興味深いところです。

「ビューティフル・マインド」に教授が苦言を呈する理由

 ゲーム理論に関連した作品として有名なのが映画「ビューティフル・マインド」です。ゲーム理論を研究した数学者、John Nash(ジョン・ナッシュ)を主人公にした作品で、アカデミー賞(作品賞ほか)を受賞しています。同氏はノーベル賞に輝いた天才ですが、統合失調症を患い苦労しました。そのあたりの苦労や、栄光を描いた作品だそうです(残念ながら筆者は未見なのですが)。

 エコノミクス(経済学)の教科書では、ゲーム理論とともに同映画が紹介されていました。教授も授業中にこの映画に言及しましたが、ある部分が気に入らない、と指摘していました。

 問題になったのは、主人公がゲーム理論の決定的なアイデアを思いつくシーン。映画では、バーでブロンドの美女を男性陣が取り合う状況にヒントを得て、主人公の頭にひらめきが走る! という風に描かれているようです。

 ところがこのシーンはどうやら、映画監督の創作で、実際にはこんな事実はなかったとのこと。さらにこのシチュエーションそのものについて、教授は「これはゲーム理論とは違うだろ」と一言の元に切り捨てていました。実際にナッシュ氏が発見したのは、「ナッシュ均衡」と呼ばれるモデルです(囚人のジレンマも、ナッシュ均衡の一種)。

 本当に映画で描かれたシーンがゲーム理論と異なるのかどうか確認してみる意味でも、興味を持たれた方は一度見てみると面白いかもしれません。


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