5フォースで考える、携帯業界は本当に「おいしい」かロサンゼルスMBA留学日記

» 2007年04月09日 19時55分 公開
[新崎幸夫,Business Media 誠]

著者プロフィール:新崎幸夫

南カリフォルニア大学のMBA(ビジネススクール)在学中。映像関連の新興Webメディアに興味をもち、映画産業の本場・ロサンゼルスでメディアビジネスを学ぶ。専門分野はモバイル・ブロードバンドだが、著作権や通信行政など複数のテーマを幅広く取材する。


 連載第1回でご紹介したとおり、MBAではさまざまな分野の勉強をします(4月2日の記事参照)。アカウンティング、ファイナンス、オペレーションマネジメント、統計などを「ビジネスに役立つ実践的な知識として」学んでいくわけです。

 学び続けるうちに、統計の知識がファイナンスの「オプション取引」の価値計算のところで効いてきたり、そのファイナンスの知識がオペレーションマネジメントの「工場を新設するか、延期するか」という判断に活かせたりと、だんだん知識が相互にからみ合ってきます。学ぶ順序も含めて、プログラムが上手く設計されているな、と感じます。

 連載ではいろんな分野の知識をつまみ食いしていこうと思いますが、今日から数回はとりあえず「戦略」に関わる話題を取り上げます。まずは「5フォース分析」(five forces analysis:5大要因モデルとも)を見ていきましょう。比較的有名な用語なので、ご存じの方もいらっしゃるかもしれません。

市場の競争状況を判断するツール

 5フォース分析とは、米国の経営学者であるMichael E. Porterが提唱したモデルです。市場(マーケット)の競争環境を分析するには、大きく分けて5つの要因を見るとよいだろう、という考え方です。あまり競争のないマーケットで、パイが大きいとそれは“おいしい”市場、ということになります。

 5つの要因とはそれぞれ、新規参入がどれだけ楽か(エントリーバリア)」「買い手が強いか(バーゲニングパワーオブ・ザ・バイヤー)」「供給側が強いか(バーゲニングパワー・オブ・ザ・サプライヤー)」「代替物がどのくらいあるか(サブスティテュート)」「その市場自体がどれくらい競合的か(ライバルリー)」となります。

 例えば、携帯業界を見てみましょう。ソフトバンクの孫正義社長は携帯業界を「魅力的な市場だ」と説明したことがあります(2月8日の記事参照)。パイが大きく、寡占状態にあり、もうかる――という理屈ですが、果たして本当でしょうか? どのくらい「もうかる市場」なのか、5フォース分析にかけてみましょう。

おいしい市場「だった」?

 まず最初に、2006年にソフトバンクが参入するより前のドコモ、au、ボーダフォンの時代の携帯業界について考えてみます。当時は新規参入に対して大きな壁(参入障壁)がありました。具体的には、電波が限られているため政府の許認可が必要だったこと、通信インフラに巨額の費用が必要なため、参入に踏み切るのに相当な決意が必要だったことなどです。

 供給側(サプライヤ)は、ここでは端末メーカーということになるでしょうか? しかし日本の携帯業界では、端末の開発がキャリア主導で進みました。キャリアとメーカーの関係においてはキャリアが絶対的に強く、メーカーはキャリアが望むような端末を作るしか道がありませんでした。供給側の交渉力(バーゲニングパワー)は、比較的小さかったといえます。

 すると買い手(バイヤー)は、一般のユーザーということになります。これは一概には言えませんが、草創期はユーザーの携帯に対する選択肢はそれほど多いものではありませんでしたから、高い端末や割高な料金プランをがまんして買っていた……といえるかもしれません。

 競合状態はどうでしょう。NTTドコモ、au、ボーダフォンという3強の争いが続いていましたが、今ほど激しくはなかったように思います。

 最後に代替物。一時期、PHSの音声端末は苦しんでいましたし、PDAもいまひとつ売れずにいました。ポケベルも衰退して、携帯の代替物といえるものはない状況だったといえます。

変容するマーケット

 翻って、今はどうでしょうか。参入障壁に関していえば、政府主導で帯域の再割り当てが行われ、それに伴い1.7GHz帯が新規事業者に割り当てられるようになりました(2004年12月の記事参照)。また通信インフラも、通信機器が低廉化しているのと、WiMAXなどの新技術を組み合わせることで、全国規模のネットワークが比較的安価に構築できるようになったと言われています。エントリーバリアはぐっと下がり、実際問題として新規事業者が市場に乗り込んできています(イーモバイルなど、(2月9日の記事参照))。

 供給側、つまり端末メーカーは、複数のキャリアに端末を卸すようになりました。シャープなどの人気メーカーは「最新の端末をうちのために作ってくれ」と各キャリアからひっぱりだこですから、バーゲニングパワーは上がっているのではないでしょうか。またフィンランドのNOKIAや米Motorolaといった海外の端末メーカーが本格的に日本進出してきています。これらのメーカーは世界中のさまざまな通信キャリアに端末を提供しており、日本の端末メーカーのようにキャリアに忠誠を尽くす必要がないことから、こうしたサプライヤの力も相応に強いものと推測できます。

 買い手はどうでしょう。かつてはiモードを使いすぎて「パケ死した」という話をよく聞きましたが、最近はさまざまな料金体系を選び組み合わせて使いこなすなど、賢いユーザーが増えてきています。料金の低廉化を要求する声も強くなっており、キャリアの提示する料金体系を見る目も厳しくなってきているでしょう。

 競合状態ですが、ソフトバンクの参入で一気に緊張が高まりました。ドコモ、auといった既存キャリアは「値下げに出られたらどうするか」といったプランを真剣に検討していると思います。

 代替物については、ウィルコムがPHSキャリアとして華麗な復活を遂げ、しかも「W-ZERO3」という注目のガジェットを投入したことで俄然面白くなりました。イー・モバイルも似たコンセプトの端末を投入してきています。さらにいえば最近のポータブル・ゲーム端末は無線LANなどの通信機能を備えています。これらネットワーク機器が、携帯の強力なライバルに育つ可能性もあります。

 そんなわけで、5フォース分析を通して、携帯業界は「おいしい市場」から「それほどおいしくない市場」に変わってきているのではないか……と考えられるわけです。

分析のあとに「それではどうする?」を考える

 5フォース分析を使うことで、既存プレイヤーは自分の“立ち居地”を明確に意識することができます。競争が激しくなると困るから、政府に意見を申し立ててエントリーバリアを高くしてもらおう……といった考え方も出てきます。

 また起業家などは新しいビジネスを立ち上げるとき、サプライヤが強すぎて原材料の仕入れに苦労しないか、バイヤーが強すぎていつも買い叩かれないか、などを勘案した上で事業計画を練らなければいけません。要は、市場がどんな様子か分析したあと、「ではどうすればいいのか?」を考えることが重要だということです。

部下とのコミュニケーションは“yes-but-yes”で

 MBAで学ぶことはいろいろあるわけですが、筆者が通う南カリフォルニア大学(USC)には「コミュニケーションスキルを学ぶ授業」というのもあります。経営に携わるものが、どう美しいプレゼンテーションを行うのかとか、あるいは部下にどう評価を伝えるか、といったことを学ぶ授業です。

 米国流のプレゼンでは、出だしを工夫することを強く求められます。例えばある日、筆者がクラスのみんなの前で行ったプレゼンは以下のような感じでした。「今日はみなさんに、良いニュースと悪いニュースがある。悪いニュースは、市場の競争環境が激しいということだ。良いニュースは、我々はそれをどう克服すればいいか知っているということだ」。

 映画などでよく出てくる、“よくあるパターン”ではあるのですが、友人のウケはまあまあよかったようです。

 部下とのコミュニケーションの項目では、こんなことに気をつけろと習いました。まずは相手を褒めろ、というのです。

 「もちろん批判はしないといけない。その場合は、いったん褒めて、それからけなして、最後に褒めること」。ほめ言葉のサンドイッチの中に批判をはさみ込み“褒める→批判する→褒める”になるように、ということです。

 例えば、こんな感じです。「今期の君は大活躍だったじゃないか! 実に素晴らしい、君はチームにとって大きな財産だ。1つだけ改善できるポイントを挙げるなら、もうちょっと上司にかみつかないよう気をつけることかな。でもそれ以外は本当によかった、これからも期待しているよ」

 少々じれったい気もしますが、異文化と交流することも多い米国だけに、衝突が起こらないよう、このぐらい細心の注意が必要ということなのでしょう。

 ともあれ、「コミュニケーションスキルを学ぶ授業」は現在も継続中。「もっとプレゼンで話すときに両手を大きく使え」「話す相手の性格をきちんと把握しろ」などいろいろと注文を付けられつつ、そうした考えを自分の中に取りこもうと努力しているところです。


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