著者プロフィール:山口揚平
トーマツコンサルティング、アーサーアンダーセン、デロイトトーマツコンサルティング等を経て、現在ブルーマーリンパートナーズ代表取締役。M&Aコンサルタントとして多数の大型買収案件に参画する中で、外資系ファンドの投資手法や財務の本質を学ぶ。現在は、上場企業のIRコンサルティングを手がけるほか、個人投資家向けの投資教育グループ「シェアーズ」を運営している。著書に「なぜか日本人が知らなかった新しい株の本」など。
先週末、銀座に出かけたら有楽町阪急前に長い行列ができていた。何ごとかと思ったら、「宝くじ」を買いに並ぶ列だった。
本連載「生命保険は悲惨なギャンブル――ヤクザのばくち場は、一番公平!?」でもご紹介したように、宝くじは、もっとも不利なギャンブルの1つである。宝くじのテラ銭は52%だから、100円の宝くじの価値は48円しかない。だから、仮にあなたが億万長者だったとして、すべてのくじを100億円で買い占めたとしても、当たりくじの合計金額は48億しかない。それでも人が宝くじに夢を託すのは、その確率はともかくも、1等が出れば1億円というその高い金額に注目するからである。
有楽町の宝くじ売り場に、大勢の人が並んでいるのも同じ理由である。それは、この売り場で、かつて1等が出たためだ。その“実績”を考えて、願をかけてぜひこの売り場で買いたいと思うのだろうが、残念ながらいくら30分並んで買ったとしても当選確率は同じだ。このようにわたしたちは、相対的な“確率”ではなく、絶対的な“当選金額”や“実績値”だけに着目しがちである。
このような状況は、実は社会のさまざまな局面で見える。
下の表は、ある年の東大合格者ランキングである。
順位 | 学校名 | 現役合格者数 |
---|---|---|
1位 | 開成(東京都) | 118人 |
2位 | 灘(兵庫県) | 72人 |
3位 | 筑波大付属駒場(東京都) | 71人 |
4位 | 麻布(東京都) | 51人 |
5位 | 桜蔭(東京都) | 51人 |
さて、ここで質問。この中で一番優秀な高校はどの高校だろうか?
実は、これだけ見てもどれがよい高校かはわからない。それは、卒業者数という“分母”が抜けているからだ。それぞれの卒業者数から合格“率”を出すと、順位は変わる。
順位 | 学校名 | 現役合格者数 | 卒業者数 | 合格率(合格率順位) |
---|---|---|---|---|
1位 | 開成(東京都) | 118人 | 400人 | 29.5%(3位) |
2位 | 灘(兵庫県) | 72人 | 220人 | 32.7%(2位) |
3位 | 筑波大付属駒場(東京) | 71人 | 160人 | 44.4%(1位) |
4位 | 麻布(東京) | 51人 | 300人 | 17%(5位) |
5位 | 桜蔭(東京) | 51人 | 240人 | 21.3%(4位) |
生徒数だけで優秀さを計るのも乱暴ではあるが、東大合格の効率性を考えるなら、少ない卒業生で多くの合格者を出している高校のほうがよいということになるかもしれない。
私たちは、数を絶対的に考えると、問題を誤ってとらえてしまうことになる。だから常に「分母は何か?」と問い、物事を相対的に捉える必要があるのだ。
この相対的思考、つまり率で考えるという方法は、通常の仕事でも大変役に立つ。例えば販売・マーケティングの局面である。
通常、大企業では販売・マーケティングコストは、「予算」の枠組みで決まっている。だがこれがくせものだ。プロモーションの費用を予算という絶対額で縛ってしまうと、単なる固定費になってしまうことが多い。そうではなくて、そのプロモーション費用が利益を生むように、確率計算に基づいた設計をするべきなのだ。
具体的に見てみよう。たとえば、学習塾が生徒募集のために新聞折込のチラシを配か否か、ということを考えてみる。
チラシを一回配ると、10万円の費用がかかるとする。チラシの枚数は、2万枚である。この場合、最低、獲得すべき生徒数は何人だろうか?
生徒一人当たりの月謝が3万円で、そのうち講師料や教材費を除いた粗利が1万円だとする。生徒の平均継続月数が5カ月なら、一人の生徒からの粗利は、1万円×5カ月で5万円ということになる。
すると生徒2人を獲得できれば、このチラシの10万円はペイすることになる。では生徒2人を獲得するには? これはチラシの効果を構造的に分解してみればいい。
入塾人数 = (1)チラシの配布枚数 × (2)電話をかけてくる率 × (3)電話で説得されて入塾する率
入塾人数は、このように表される。チラシの枚数は2万枚と決まっているから、最終的に2人が入塾するには、(2)電話をかけてくる率と、(3)最終的に説得して入塾してくれる人の率をそれぞれ高めていけばよいという計算になる。
(2)と(3)を掛けた結果が0.001%以内なら、めでたく2人入塾して、このプロモーションは成功となる(販売管理費は除く)。この率を確保できるのであれば、あとは何度もプロモーションをすれば必然的に粗利が向上してゆくはずだ。
コツは、(2)と(3)の両方の“率”を正確に記録し、両方が上がるようにそれぞれ別の施策を立てることである。
例えば(2)の施策としては、相手が電話をかけやすいようにフリーダイヤルにする、担当者の写真を掲載して安心感を演出するなどが考えられる。(3)の施策としては、相手の話を多面的にじっくり把握するためのフォーマットシートを用意して、それに記入する形で電話コンサルティング営業を行うなどがある。各プロセスを別のものと認識し、それぞれの率を高めることによって、結果的に入塾者を増やすことにつながる。
成果を挙げるマーケッターは、こういった緻密な、確率計算の積み上げの上に丁寧に実績を積み上げているものだ。
天才的なひらめきに依存したプロモーションよりも、事実に基づいて仮説と検証のサイクルを繰り返すことで、確率を上げてゆくほうがよっぽどリスクが低い。今は、インターネットを使った広告が主流になっているが、その理由のひとつは、この確率(コンバージョンレート)を正確に把握することができるからだ。その点、頭の切れるベンチャー企業の経営者は、見栄をはってテレビなどへの広告を出すようなことはせず、成果を把握できるインターネットのみで確実に売上を積み上げてゆく。
たとえば、ゴルフダイジェストオンライン(GDO)というゴルフ用品販売サイトを立ち上げ、IPOまでこぎ着けた元COOの玉置浩伸氏もそうだ。氏の著書「志は起業を呼ぶ」によれば、GDOの成功の鍵もやはりWebマーケティングにあるという。玉置氏は、顧客一人当たりの獲得コストと顧客の生涯価値を丹念に計算し、じわじわと売上を伸ばしてきた。
日本ではこれまで、予算という絶対的な枠組みで無駄な広告費を費やしてきたが、今後は、こういった相対的な発想、投資対効果でお金を扱う企業が成功するのではないだろうか。
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