サブプライム・ショック、未だ収まらず 藤田正美の時事日想

» 2007年09月03日 02時04分 公開
[藤田正美,ITmedia]

著者プロフィール:藤田正美

「ニューズウィーク日本版」元編集長。 東京大学経済学部卒業後、「週刊東洋経済」の記者・編集者として14年間の経験を積む。1985年に「よりグローバルな視点」を求めて「ニューズウィーク日本版」創刊プロジェクトに参加。1994年〜2000年に同誌編集長、2001年〜2004年3月に同誌編集主幹を務める。2004年4月からはフリーランスとして、インターネットを中心にコラムを執筆するほか、テレビにコメンテーターとして出演。ブログ「藤田正美の世の中まるごと“Observer”」


 世界の金融市場は、米国のサブプライムローン・ショックでなかなか落ち着きを取り戻せない(4月4日の記事参照)。そのせいか、米国はFRB(連邦準備理事会)だけでなく、とうとうブッシュ政権まで対策に動き出した。

“借り手”援助に乗り出すブッシュ大統領

 8月31日に打ち出されたブッシュ政権の対策は、米連邦住宅局(FHA)による信用保証の拡充や抵当権を行使されそうな住宅保有者への税控除拡大といった「借り手」に対する援助が中心だ(参照リンク)

 こうした政策をブッシュ政権が打ち出した最大の理由は、民主党の大統領候補レースでトップを走るヒラリー・クリントン氏が、住宅を買った消費者の保護を提唱しているためだ。2008年の大統領選挙まであと14カ月。いよいよ選挙運動も本格化するが、劣勢にある共和党は、ブッシュ大統領が手をこまねいているわけではないことを示しておかなければならないからである。

 もっとも共和党らしく、くぎを刺すことも忘れてはいない。「投機家や無理して家を買った人たちを救済するのは政府の仕事ではない」とブッシュ大統領は語っている。その意味では、もともとサブプライム・ショックの沈静化には限定的な意味しかないのかもしれない。実際、この政策表明を受けて、ニューヨークの株式市場は株価を上げてはいるが、きわめて「抑制された」上げ幅にとどまった。

 サブプライムローンの延滞率は、今年の第1四半期で14%弱程度であったが、来年になれば本格的に延滞率が上昇してくると見られている。信用力が低い人びとに貸し付けるために、最初は金利支払いが少ないが、後から急増する方式で貸し付けているためだ。もし延滞率が急上昇すれば、サブプライムローンを組み込んだ証券で損失が膨らむことになり、再び金融市場が揺れることもありうる。

サブプライム・ショックで、M&Aが激減

 トムソン・フィナンシャルが発表したところによると、サブプライム・ショックが表面化した8月のM&Aは、世界的に急減したという。金額ベースで7月に比べて71%減、とりわけこれまで世界のM&Aをリードしてきた米国(72%減)と欧州(75%減)の急減ぶりが目立っている。

 これはサブプライムローン問題で金融機関が慎重になっており、ファンドのM&A資金などへの融資を控えているためとされている。ファンドは利回りを上げるために、金融機関から融資を受けて「レバレッジを効かせ」、それで利回りを確保してきたが、それが今は難しくなっている状況だ。

 ただこうした「信用収縮」がどの程度、実体経済に影響があるかということになると、意見は分かれるところだ。先月、米国の株式市場が大きく下げた理由の1つは、ウォルマートの業績が見通しを下回るという発表があったためだ。実体経済に影響が出るという見方が強くなったからである。

 米国のバーナンキFRB議長も8月31日に行われたワイオミング州での講演で、「世界的に考えれば金融界の損失は、最も悲観的なサブプライムローンの損失予想をはるかに上回っている」と述べた(参照リンク)。その理由の1つとして、実体経済への影響を指摘すると同時に、別の要因もあるとしている。それはサブプライムローンを組み込んだ金融商品のために、リスクがどの程度あるかという評価が難しくなり、結果的に投資家がリスクを取らなくなったためだという。

 こうした信用収縮が最も安全な取引であるはずの銀行間取引の収縮につながるとすると、この影響は決して無視できない。すでに世界各地の中央銀行が短期資金を市場に十分に供給することで一致した行動をとったのもそれが理由である。

ファンドへの融資減少によるメリットも

 しかしファンドなどへの融資が少なくなることで、実体経済にどの程度の悪影響が出るかは評価が分かれるところだろう。M&Aが大幅に現象したとしても、経済の合理化が多少遅れるだけで大きな問題になるとは考えにくい。むしろファンドへの資金供給が減ることによって、カネ余り減少に歯止めがかかり、さまざまな場面で調整が行われるというプラス効果に期待したほうがよさそうだ。

 その意味ではバーナンキ議長の講演にも、実体経済に影響が出るようであれば誘導目標としているFFレート(現在5.25%)※を引き下げる用意があることを表明しているとはいえ、できればそこに触らずに沈静化させたいという意図が見える。ファンドなどが調整場面で大きく動くことが、為替市場や株式市場に大きな影響を与えることは否定できないが、あまりじたばたしないことが肝要だ。

※FFレート…Federal Funds Rateの略で、米国の代表的な短期金利。


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