それでも、巨象「テレビ局」は滅びないロサンゼルスMBA留学日記

» 2007年12月03日 06時30分 公開
[新崎幸夫,Business Media 誠]

著者プロフィール:新崎幸夫

南カリフォルニア大学のMBA(ビジネススクール)在学中。映像関連の新興Webメディアに興味をもち、映画産業の本場・ロサンゼルスでメディアビジネスを学ぶ。専門分野はモバイル・ブロードバンドだが、著作権や通信行政など複数のテーマを幅広く取材する。


 ロサンゼルスでメディアについて学んでいると、日本のテレビ業界と米国のテレビ業界の違いを感じることが多い。さらに言えば、「なぜ日本ではこれほどテレビ局が強いのか」を考えさせられる機会が多い。

 日本のテレビ局は現状、エンターテイメント業界で巨大な支配力を誇る一大組織だ。社員の待遇もよく、キー局社員の平均年収は飛び抜けて高い。最近ではネット勢力の台頭があり、状況の変化がささやかれているが、しばらくはその“強さ”は変わらないだろう。なぜなのか、順を追って説明しよう。

機能分離が進んだ米国テレビ業界

 米国のテレビ業界は、「コンテンツ制作」「ネットワーク」「放送」の3機能が分離している。「Financial Interest and Syndication Rules」(Fin-Syn Rules)という規制があったため(同法は1990年代に撤廃されている)、コンテンツの制作部隊と放送局とが別々の組織になっているのだ。一例を挙げると、巨大メディアコングロマリットであるタイム・ワーナーグループ傘下にワーナー・ブラザーズ・テレビジョン(WB)という制作会社と「CW」(The CW Television Network)という放送ネットワークがあるが、WBはほかの放送ネットワークであるFOXやABCにも番組を提供している。フジテレビの制作部門が作ったコンテンツが、日本テレビで放送されるようなものだ。

 ネットワークと放送の機能が、分離しているのも重要なポイントだ。両者が別々というのは日本人には少し想像しにくいが、ネットワークとは日本でいう「チャンネル」のイメージに近い。一方で放送とは、文字通り放送設備であり、局(ステーション)に当たる。WBとCWのケースでは、WBが制作したコンテンツをCWが放送ネットワークとして番組編成し、放送する段階では独立系放送局と契約して地上波に乗せて飛ばす――といった具合だ。独立系放送局とは、例えばロサンゼルスならロサンゼルスだけに電波を飛ばしている放送局。放送ネットワーク側は当然、番組を全国放送したいため、ロサンゼルスではロサンゼルスの放送局と契約し、ニューヨークではニューヨークの放送局と契約するなどして、カバーエリアを増やすことも行われる。

 ネットワークと局(ステーション)の関係は興味深い。両者が番組の合間にはさまれる広告枠を分割して取り合い、それぞれクライアント向けに販売している。それ以外の部分でも、放送局が「オレたちのおかげで放送できているんだから、お金を寄こせ」とネットワーク側から料金を徴収したりする。しかし最近では力関係が変化し、ネットワーク側が「オレたちが放送局に価値を付加してやっているんだから、お前がお金を払え」と逆に料金を請求しているという。詳細は省くが、とにかくサプライチェーンの上流から下流(番組制作>>ネットワーク>>放送局)のそれぞれにプレイヤーが存在し、各々が“取引”をしているということだ。

 さらに米国の場合、ケーブルテレビの存在が大きい。地上波の放送ネットワークのほかに、「ケーブルネットワーク」がある。例えばディズニー傘下の放送ネットワーク(=チャンネル)はABCであり、ディズニー傘下のケーブルネットワーク(=チャンネル)はESPNといった形だ。そして米国のケーブルテレビは、ケーブルのチャンネルも地上波のチャンネルも両方見ることができる。日本でいうと、(衛星放送なのでケーブルとは少し異なるが)スカパー!に契約したら、スカパー!のオリジナルチャンネルと並んでTBSもテレビ朝日のチャンネルもラインアップされている、といった具合だ。そういう意味では、サプライチェーンの下流にケーブルMSO(統括運営会社)がいるとも考えられる。

日本のテレビ業界を5フォース分析で考えると……

 日本の場合は、放送制作とネットワーク、局の3つが統合されていると考えていい。要するに日本テレビの制作部門がコンテンツを制作し、編成の部署の人間が番組編成し、最後は日本テレビのチャンネルとして放送する。すべての機能を備えていて、業界における支配力は当然強くなる。

 テレビ業界には制作会社が存在する。しかし彼らは、あまり影響力を持っていない。業界関係者から聞いた話では、給料も、立場も、放送局の社員とは比べものにならない。

 市場(マーケット)の競争環境を分析する「5フォース分析」で考えると、制作会社は放送局に対し「サプライヤ」の立場に当たる。しかし放送局は巨大な組織で、かつ制作会社に頼らなくてもある程度はコンテンツを制作できる。このため制作会社のバーゲニングパワー(交渉力)が小さくなってしまうのは、理論上でも容易に説明できる。

 5フォース分析では、新規参入がどれだけ容易かを考える必要がある。テレビ局の場合、放送免許が存在するため、エントリーバリアは高い。つまり、既存のプレイヤーにとって新規参入の脅威がないため、市場としては「おいしい市場」と解釈できる。

ネットがどれだけテレビを脅かせるか?

 5フォース分析では、「代替物」を考える必要もある。放送以外の分野で台頭している映像コンテンツ、動画関連の娯楽ということを考えると、放送の代替物にあたるものの最有力候補はネットだろう。代替物が強力であればあるほど、放送局にとっては脅威となる。実際に米国では、ハリウッドの事業者も、YouTubeのような動画サイトのアクセス増をうけて「ネットコンテンツに視聴者を奪われるのではないか」と注視している状況だ。

 しかしネットは、前述の「制作>>ネットワーク>>放送」というサプライチェーンのうち、最後の放送の部分の代替でしかない。百歩譲って、ネットワークの機能もネットが備えていても、「制作」の部分が見劣りする。Gyaoしかり、Yahoo!動画しかり、ネット事業者はいまやインフラ部分だけではなくコンテンツのレイヤーまで進出してサービス提供を狙っているが、テレビ放送局とタメをはれるだけのコンテンツ制作能力を備えているネット事業者は、今のところない。

 本連載でも繰り返し述べているように、UGC(User Generated Contents)の発展はある意味ネット業界が誇る「制作部隊」だ(別記事参照)。しかしそれは組織ではなく、管理にも手間がかかる。それに、純粋にネットアイドルとテレビに出てくるアイドル(歌手/俳優/グラビアアイドルどれでもいいが)を比べた場合、やはり後者のほうが強力だ。お笑いにしても同じこと。プロの構成作家が付き、演出を入れて、豊富な資金力をつぎ込んで作った企画は、ネット上の素人コンテンツを上回る。

テレビ局が業界を支配する構図は変わらない

 もちろん、ネットコンテンツを否定しているわけではない。個人的にはUGCも大好きで、その将来性は極めて有望であることも感じている。しかしエンターテイメント産業全体で見たとき、テレビ番組を自社の“所有物”として独占できるテレビ放送局は、やはり強い。

 ただ法の規制が入れば、状況は変わるだろう。例えば総務省がテレビ局に対し「番組制作機能と、放送機能を分離せよ」と要求すればどうなるか。制作側は真剣に、コンテンツの流通経路として“放送”がいいのか“通信”がいいのか考えることになるだろう。だが現状では、そうした議論が進んでいるとはあまり聞かない。

 日本のテレビ放送局は、垂直統合が進んだ自己完結型プレイヤーだ。そしてネット事業者には、コンテンツ制作能力が決定的に欠けている。この構造が変わらなければ、「巨象」テレビ局が業界を支配する構図は変わらない。またネットが映像コンテンツの面で、テレビを超えることもないだろう。

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