ジャガーから2500ドルカーまで――世界中が注目の「タタ・モーターズ」とは? 神尾寿の時事日想:

» 2008年01月11日 12時03分 公開
[神尾寿,Business Media 誠]
タタ・モーターズの「ナノ」

 1月10日、世界中の自動車業界関係者の目がインドに向けられた。同国の自動車メーカーであるタタ・モーターズが、販売価格10万ルピー(約2500ドル=約28万円)の新型車を発表したのだ。名前は「ナノ」。その名のとおり、小型なクルマで、エアコンやラジオ、パワーウインドウといった快適装備はナシという、きわめてシンプルなクルマだ。

大手自動車メーカーの機先を制した「ナノ」

 成長著しい新興国市場には、トヨタ自動車やスズキ、ホンダ、フォルクスワーゲン、ヒュンダイ、フィアットなど、世界中の自動車メーカーが注力している。例えばトヨタでは、2004年に新興国をターゲットにした世界戦略車「IMV」を投入している。さらにトヨタはIMVでもターゲットにできない低価格帯を狙った超廉価車用「NBC (ニュー・スモール・カー)」を2009年をめどに投入する模様だ。

 しかし、今回のタタ・モーターズの「ナノ」で、トヨタをはじめとする大手自動車メーカー各社は機先を制されてしまった格好だ。特にインドは、これまで主流だった二輪車から四輪車への乗り換えが始まる直前にある。インドは中国に続いてモータリゼーションが始まると見られており、巨大市場になる公算が高い。その市場の鍵を握る低価格車で「現地メーカー」に先を越されたことは、新市場を求めて競争する大手自動車メーカーにとって頭が痛い問題だろう。

 さらにタタ・モーターズは、“低価格車”だけで勝負をしているのではない。世界中で技術と人材を買い回り、2004年には韓国大宇の商用車部門を買収し、現在は米フォード自動車の所有する傘下企業「ジャガー」と「ランド・ローバー」買収の交渉をしている。もし、この買収が成立すれば、タタ・モーターズは英国の名門高級車ブランド「ジャガー」と、同じく英国で名門オフロード自動車ブランドとなる「ランドローバー」の両方を手にすることになるのだ。

タタ・モーターズ率いるインドのガリバー

 欧米日の大手自動車メーカーを向こうに回し、低価格車戦略から高級自動車ブランド買収まで手がけるタタ・モータースとは何者なのか。

 その正体は、インド3大財閥のひとつ「タタ財閥」だ。タタ財閥はインド最大規模であり、タタ・モーターズのほかに電力会社のタタ・パワー、ICT企業のタタ・コンサルタンシー・サービス、製鉄会社のタタ・スチールなどを擁する。同財閥はタタ・モーターズ以外でも積極的なビジネスを展開しており、昨年1月にはタタ・スチールが英国の鉄鋼会社コーラスを113億ドルで買収して世界中から注目された。インド国内ではエネルギーから生活分野まで圧倒的なシェアを持ち、それを足がかりに世界市場でも存在感を強くする“インドのガリバー”である。

 再び自動車業界に目を向けると、今後、世界的に市場規模が拡大するのはコモディティ化した「低価格車」と、富裕層向けの「高級車」だ。自動車メーカー各社は、この新たな市場環境に向けてビジネスの舵を切っている。特に欧州・日本・韓国メーカーのつばぜり合いは激しいが、そこに新たな勢力として中国・インドメーカーの“芽吹き”が見られ始めている。現時点での信頼性や安全性、環境性能などにおいては先進国メーカーに及ばないものの、その背後には豊富な人材と成長著しい新興国市場がある。10年後、日本の自動車メーカーを中国やインドの自動車メーカーが買うというシナリオを、もはや荒唐無稽と笑い飛ばせなくなりつつあるのだ。

 タタ・モーターズの活発な動きは、自動車業界の勢力図における新時代の始まりなのかもしれない。

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