社会貢献と収益性のはざまで――新日鉄エンジニアリング・浅井信司氏(後編)嶋田淑之の「この人に逢いたい!」(2/3 ページ)

» 2008年03月01日 13時08分 公開
[嶋田淑之,Business Media 誠]

戦略経営的視点から、彼の業績を振り返る

 アフター5の社内ベンチャーからスタートした新日鉄の海外橋りょう部門は、今や年間100億円の売上を計上するプロジェクトに成長している。

 それを立ち上げ、ここまで育ててきた浅井氏の業績を、戦略経営的視点から読み解くとどのようになるだろうか? その視点は3つある。

視点1:不変の貫徹力と革新の実現力

 大学時代の1年間に及ぶインド、アメリカ放浪の旅で、浅井氏は自らの使命を途上国のインフラ整備支援と思い定めた。それから30年近く、彼はこれを、「何があっても決して変えてはいけない不変の対象」として堅持してきた。この点は瞠目に値する。

 海外橋りょう営業の社内ベンチャーを旗揚げするまでの雌伏の期間も(参照記事)、絶えず語学の鍛錬は欠かさなかったし、東京都大田区の自宅には、常にアジアからの留学生たちが参集し、熱い議論と明るい談笑の声が絶えることはなかった。

 海外橋りょう営業の仕事を開始した後は、この「不変」を貫徹するために、非連続・現状否定型の環境変化に即応し、大胆な革新をなし遂げている。

 その典型例は、1997年のアジア通貨危機における浅井氏の対応である。アジア各国の産業界は壊滅に瀕し、日本からのODA案件を引き受けられるような状況ではなくなっていた。これは見方を変えれば、浅井氏率いる新日鉄・海外橋りょう営業チームにとっても大きな危機であった。

 不測の事態に直面し、彼は絶妙な手綱さばきを見せる。それまでの円借款ODA案件は、現地企業など外国企業が受注するシステムだったがこれを改め、技術力と与信力のある日本企業が受注することで、ODA事業を継続的・安定的に推進できるようにしたのである。この新しい円借款制度の提言は、1998年「特別円借款制度」として結実し、制度化された(参照記事)

「不変」と「革新」のマトリクス (C)H.Shimada,2008

 不変・革新マトリクスで言うと、彼のチームは、卓越タイプとして位置づけられよう。

視点2:脱・成熟化のためのイノベーション

 浅井氏が立ち上げ育んだ海外橋りょう部門は、それまでの国内橋りょう部門との対比で言えば、脱・成熟化のためのイノベーション(innovation)として位置づけられる。

 社内ベンチャー旗揚げは1989年。日本中がバブルの宴に酔い痴れていた時代だ。この繁栄は永遠に続くかのように言われていたが、極めて少数の経営者は慧眼にも、それが虚妄の繁栄であることを見抜き、やがて来る崩壊を見越して、経営革新を断行していた。そして、そうした企業だけが、その後の平成大不況を磐石の態勢で乗り切っていったのである。

 そういう視点から見たとき、浅井氏の社内ベンチャー旗揚げは、すでに表面化しつつあった国内橋りょう事業の成熟化(=製品ライフサイクル曲線上の頂上付近)と、やがて訪れるバブル崩壊による、公共工事激減を伴う国内橋りょうの衰退を見越したイノベーションだったと評価できよう。

1989年当時の製品ライフサイクル曲線

 日本の製造業の海外シフトは、そもそも1985年のプラザ合意を起点とした円高ドル安基調の劇的進行によって引き起こされたものであり、そういう意味で、1989年というタイミングは、日本の産業界から見れば、アジアを含む海外市場が製品ライフサイクル曲線で言う発展期にようやく差し掛かった頃であり、その将来性が大いに期待される時期であった。

 この点からも、浅井氏の社内ベンチャーが、新たな製品ライフサイクル曲線への乗り換えによる、脱・成熟化に向けたイノベーションだったことが分かるのである。

視点3:鳥瞰図的視点と虫瞰図的視点の使い分け

鳥瞰図的視点と虫瞰図的視点

 鳥瞰図的視点とは、鳥が空から地上の景色を俯瞰的に眺めるように、自社を取り巻く環境やその中における自社の立ち位置・力量を、やや突き放したところから相対的・客観的に把握する視点である。

 一方、虫瞰図的視点とは、小さな虫が森の中や地面を動く時に目に映るであろうディテールに満ちた景色である。経営的には、現場の錯綜した状況の中から有益な情報を自ら体感的ないしは直感的に把握し即時対応する視点といえる。

 浅井氏は、まさに鳥瞰図的視点から、彼の社内ベンチャーチームならびにバックグラウンドとしての新日鉄の自己分析を徹底的に行った上で、競合企業に関する他社分析を綿密に行っている。

 それを通じて、自社の強み・弱み・機会・脅威を把握し、営業の目標設定と戦略構築を行ってきたといえよう。

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