今週から毎週火曜日の「時事日想」として、ドイツ在住のジャーナリスト、松田雅央氏による連載が始まります。テーマは「環境問題」。しかし一口に「環境(あるいは環境問題)」と言っても、そこに含まれる内容は様々です。
ドイツでは、先進的な都市交通システム、ゴミのリサイクル、自然エネルギーの活用、緑地政策、市民教育など、各地方ごとに個性を生かした環境保全に市民が取り組んでいます。本連載では、環境先進国・ドイツで行われている、さまざま事例を紹介していきます。ドイツの事例が、日本にできる環境保全の道を探っていくための手がかりとなればと願っています。
松田雅央(まつだまさひろ):ドイツ・カールスルーエ市在住ジャーナリスト。東京都立大学工学研究科大学院修了後、1995年渡独。ドイツ及びヨーロッパの環境活動やまちづくりをテーマに、執筆、講演、研究調査、視察コーディネートを行う。記事連載「EUレポート(日本経済研究所/月報)」、「環境・エネルギー先端レポート(ドイチェ・アセット・マネジメント株式会社/月次ニュースレター)」、著書に「環境先進国ドイツの今」、「ドイツ・人が主役のまちづくり」など。ドイツ・ジャーナリスト協会(DJV)会員。公式サイト:「ドイツ環境情報のページ(http://www.umwelt.jp/)」
飛行機の窓から地上を眺めていると、ドイツ領空へ入った途端、緑が増えることに気づく。国土のおよそ30%が森に覆われた「森の国・ドイツ」を感じる瞬間だ。
豊富な木材資源は昔から暖房と調理に使われ、長い間、家庭用燃料の主役は薪(まき)だったが、石炭、石油、ガスの普及とともにいつしかそれも時代遅れとなる。薪が使われるのは、もっぱら観賞用の暖炉だけとなり、需要は激減した。
その状況を変えたのが、気候変動と再生可能エネルギー※への関心の高まりだ。木材チップ、木質ペレット(写真)といった木質バイオマス※※が新たな資源として脚光を浴び、さらに原油の急激な値上がりが普及に拍車をかけている。また、木質バイオマスの需要拡大が斜陽産業だった林業の建て直しに役立つなど、経済的な波及効果も大きい。
消費者にとっての一番の魅力はなんと言っても価格だ。この4年間で灯油は約2倍、天然ガスは約4割値上がりしているのに対し、木質ペレットの価格はほとんど変わっていない(図)。例えば1年間におよそ1万キロワットアワー(kWh)の暖房・給湯用エネルギーが必要になる標準的な住宅の場合、灯油なら710ユーロかかる(約11万円)ところ、木質ペレットならば380ユーロ(約5万9000円)で済む(2008年1月現在の価格)。
2006年に木質バイオマスボイラーを導入したハイデルベルクのノイブルク修道院では、年間の燃料費がそれまでの灯油ボイラーに比べ4割ほど安くなったという。修道院の建物は古く天井が高いため、光熱費がかさむ。農業や酪農、マスの養殖で生計を立て、質素に暮らす修道僧ではあるが、さすがに暖房・給湯のない生活は考えられない。
灯油と木質ペレットの価格差はさらに広がっているため、ボイラー購入・設置費用もわずか数年でペイできそうだ。
冬の長いドイツはセントラルヒーティングが主流で、基本的に各建物、あるいは各住宅がその規模に合った暖房・給湯システムを備えている。燃料は灯油が多く、地域によっては天然ガスを利用し、最近の傾向として木質バイオマスの増加が著しい。いずれも地下室にボイラー、灯油タンクあるいは木質バイオマスの貯蔵室を設け、さらに温水タンク(写真)や、熱交換器、ポンプなどが併設される。
各建物にそれぞれ設備を設置する代わりに、(利用できる地域は限られるが)地域温水供給という選択肢もある。発電所やゴミ焼却場の熱を温水にして近隣地域へ分配するため、各建物にボイラーを設置する必要がない省資源型のシステムであり、利用料金も割安だ。いずれにしても暖房と給湯は常にセットで扱われる。
ノイブルク修道院が導入したボイラーはオーストリアに本社を置くKWBの「KWB Powerfire」(出力150kW)2基。このボイラーは木質ペレットと木材チップの両方を使用できるが、修道院では木材チップを利用している。チップは契約業者から買い入れ、タンクローリーから空気圧をかけて地下の貯蔵室へ送られる(写真)。貯蔵室の隣にあるボイラーへのチップ供給、燃焼、排気、灰の回収まですべて自動で行われ、利用者の仕事といえば、年に一度、バケツ数杯分の灰を捨てることぐらいだ。
最新型の木質バイオマスボイラーは、これまでのストーブや暖炉とは設計コンセプトが根本から異なり「似て非なるもの」。
メンテナンスフリー、全自動制御、簡単設定で、灯油ボイラーを扱う以上の手間は一切かからない。技術的に難しい燃料の自動供給システムに独自のノウハウを生かし、燃焼効率も極限まで高めるなど、最新技術を駆使した省エネ設計となっている(写真)。
KWB社は1973年に、グラーツ工科大学の研究者Dr.アウグスト・ラッガムによりグラーツで設立された。「気候破壊と地球温暖化を防ぐ唯一のチャンスは再生可能エネルギーである」という彼のビジョンは当初から揺らぐことがない。
今でこそ当然とされるこの考えも、1970年代初めは突飛なアイデアとして嘲笑を浴びたという。しかし、その正しさは時代によって証明され、KWB社の売り上げは毎年2桁の伸びを示している。
KWB社の製造するボイラーは、出力10〜300kWまで数種類。10kWは小さめの一戸建て、300kWならば中規模アパートの需要に見合う。木質ペレット、木材チップに並んで「薪を利用した全自動ボイラー」というユニークな製品もあり、これなど自前で薪を用意できる農家が興味を示しそうだ。
各製品の外観はシンプルに仕上げられているが、地下室への設置を前提としているため暖炉のように「インテリアとして楽しめるデザイン」にはなっていない。そういった製品はまた別のメーカーが得意としているのだが、もし日本への導入を検討するならば室内に設置できるスタイリッシュなタイプが欲しい。
ここまで木材バイオマスのメリットを取り上げてきたが、問題と課題があるのも事実だ。
まず、木質バイオマスは灯油に比べてかさばるため、輸送の手間が余分にかかる。一戸建ての場合、灯油ならば年間に必要な量(例えば3000リットル)のタンクを設置することに問題はない。しかし、それに相当する木質ペレット(およそ6トン)を一度に収められる巨大な貯蔵室は造れないから、どうしても年に2〜3回の配送が必要になる。環境のことを考えれば配送回数が少ないに越したことはない。
また、木質バイオマスの普及が進むと、排煙の処理もクローズアップされるだろう。特に市街地では排気ガスから微粒子を取り除く装置の設置が望まれる。
木質バイオマスについてよく聞かれる懸念は今後の価格。確かに現在は灯油や天然ガスに比べ格段に安いが、普及が急速に進めば需給が逼迫(ひっぱく)し、大幅に値上がりするのではないだろうか? と疑問を呈する人は多い。
この点、近い将来のドイツに限れば心配はない。まだ国内各地に中小の供給会社が設立される余地があり、今後とも適正な価格競争が期待される。実際、木質バイオマスの供給量は毎年増加しており、国内の森林資源も今のところ十分ある。もし値上がりするとしても、原油と天然ガスの値上がりはそれを上回ることが予想され、木質バイオマスの優位はおそらく逆転しない。
古くて新しい資源、“木質バイオマス”の普及スピードが緩むことは当分なさそうだ。
(1ユーロ(100セント)=154円で計算しています)
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
Special
PR注目記事ランキング