白骨温泉として、あるいは白船グランドホテルとして、事件を踏まえ社会に対して、どのような価値を創出してゆこうとしたのだろうか?
「組合として『憲章』を策定しました」
その憲章は、各旅館に掲示されているようだ。白船グランドホテルでは正面玄関付近の目立たないところに、ひっそりと掲げられていた。
自然・温泉・人 共存宣言
私たちは、恵まれた自然環境を大切にし、人との調和をはかります。
私たちは、限りある資源である温泉を守り、地域の文化と伝統を後世に伝えます。
私たちは、お客様に、やすらぎとくつろぎのときを提供します。
これは一般企業でいえば、「経営理念」に当たるものだろう。経営理念は、その実現を担保するビジョンや中長期の戦略計画があって初めて生きてくるが、それについては本取材終了後(2008年4月)、白骨温泉公式Webサイト上に、「湯アップ白骨温泉プログラム」が発表された。
湯アップ白骨温泉プログラムは「地域ぐるみで」「優れた湯質を生かして」「白骨らしさの演出」「健康づくりへの活用」「自然環境を活用して」――以上5項目からなっている。また湯めぐり手形、温泉粥提供などのほか、飲泉所の整備、温泉割焼酎の提供、入浴指導員の養成、遊歩道の整備などが追加されている。
白骨温泉旅館組合として、社会に向けて一定の情報発信をし、白船グランドホテルもその一員という立場を取ってきたことが分かる。しかし、それにもかかわらず、今なお白骨温泉と聞けば、多くの人は「ああ、あの入浴剤で有名な……」と言う。その状況は変わっていない。現実問題として組合の発表によると、白骨温泉全体で売り上げは4割減、白船グランドホテルも3期連続で赤字決算という厳しい状況が続いている。
なぜなのだろうか? 日本の秘湯ブーム自体が終息したのならともかく、ブームは相変わらず好調である。日本人の海外旅行離れが進み、このゴールデンウィークも、海外旅行者が前年比でさらに15%減になっていることからも、国内の温泉地にはビジネス上の可能性が広がっているのに。
今回の取材を通じて、その原因として感じたこと――それは、入浴剤騒動は過去の話と思っている多くの人にとって、実は「事件はまだ終っていない」ということである。まず言えることは、2004年7月の田中康夫知事による白船グランドホテルへの踏み込み劇と若女将・涙の記者会見のテレビ映像のインパクトが強烈過ぎたということだ。
あれ以降、日本各地の温泉地で悪質な偽装が数々行われていたことが明らかになった。しかし大多数の人は、それらについてほとんど覚えておらず、「踏み込み劇+涙の記者会見」の映像を記憶しているのである。
それは、ひとえに田中康夫氏の知名度の高さ、県知事としての注目度の高さに加え、上記映像が、まるでドラマでも見ているかのような見事な“シナリオ”になっていたからだ。それ以降のいかなる温泉偽装発覚においても、田中知事のような有名人の陣頭指揮はなかったし、あれほど印象的なシナリオも登場しなかった。
結局、白骨温泉に行ったことのない人から見れば、これこそが、白骨温泉に関する知識のすべてなのだ。そうである以上は、白骨温泉としても、その固定観念を覆すほどのインパクトのあるプレゼンテーションが必要となってくる。
そういう視点からすれば、白骨温泉としての社会に向けた情報発信は、今後、より積極的になされるべきものと思われる。Webサイトの片隅でひっそりと情報発信をしているが、それでは足りない。わざわざ白骨温泉のWebサイトを見に来る熱心な人だけを対象にしていては、一般生活者(=潜在顧客層)の白骨温泉に対する固定イメージを変革することはできないからだ。また強い関心を抱いていても、そもそもPCを使わない人にとっては結果的に除外されることになるだろう。
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