ハーゲンダッツ――“至福の瞬間”を形にしたドルチェ小西賢明の「お客様を想え。」(3/5 ページ)

» 2008年05月12日 10時50分 公開
[小西賢明,GLOBIS.JP]

 さて、このお約束を踏まえた上で、ハーゲンダッツの洋生菓子市場における新製品開発を見ていこう。

  1. 自社のアイスクリーム製品とカニバる※ことのない、「アイス」だけど「ケーキ」「スウィーツ」という市場を狙う
  2. ターゲットユーザーは従来どおりのF1層(18〜34歳の女性)
※「カニバリ」とは、自社製品を自社製品が食ってしまうこと。

 そのブランド名は、「ドルチェ(Dolce)」と決まった。イタリア語で「デザート」「菓子」「甘美な」という意味を持つ言葉である。

 年配の方にはきっと聞き慣れない言葉だろう。しかしそんなことは関係ない。ターゲットであるF1層は、既に多くがこの言葉を知っている。そしてそこからアイスではなく、ケーキやスウィーツを想起する。今回の取り組みには、最適なブランド名だ。

 “ハーゲンダッツ ドルチェ”。狙う市場も、狙うターゲットユーザーも、明確。では、これを踏まえて、どんなコンセプトを持つべきか。

 同社資料によると、「コンセプトは、上質感・贅沢感・至福感。人気スイーツの味わいを、ハーゲンダッツ風に表現した商品」だそうだ。なるほど。上質・贅沢・至福。確かに、ハーゲンダッツが世の中に提供する価値の真髄を説明するに相応しい。

 「しかし」と、同時に思う。「上質・贅沢・至福」。上質、贅沢は分からないでもないが“至福”。至福って……何だそりゃ?

 言葉の意味は分かる。言うのは簡単だ。ただ、明確にイメージしたり、他者と共有できないようなものを、商品の形にはできない。形にできなければ、それは単なる戯言(たわごと)だ。僕自身、そんなコンセプト負けした商品を、これまで山ほど見てきた。

 コンサルの仕事の現場で、講師の仕事の現場で。例えば、商品の価値を語るポジショニングマップを考えてもらうと、しばしば、わけの分からない場面にぶつかる。「上品」「高級」「オシャレ」……色々な言葉をコンセプトとして皆、語るのだけれど、具体的なイメージが全く湧いていないまま、言葉だけが宙を踊っていることが多いのだ。

 「これが価値だ!」と言うけど、「では具体的にはどうするの?」と聞くと、「うーん……どうしましょう」。それでは、何も世の中には送り出せない。

 ハーゲンダッツには、「Haagen-Dazs Moment(ハーゲンダッツ・モーメント)」という「至福の瞬間」を表現する言葉がある。そして「ドルチェ」はまさに、「至福」をそのコンセプトの中核に据えてきた。では。それは本当に実現できたのか。そんなよく分からない言葉を、本当に形にできたのか。

コンセプトを見事にカタチにしたドルチェの凄さ

 それは、とても印象的だった。ドルチェ発売前のプロモーション。黒字に浮き上がる白い「D」の文字。何かすごいモノが出ることを期待させる、シンプルなティーザー広告※「あなたの知らないハーゲンダッツ」。ハーゲンダッツフリークとしては、いやがおうにも期待が高まった。

ティーザー広告……じらし広告のこと。本来広告で伝えるべき要素を意図的に伝えないことで、注意を引くことを目的とする。

 そして忘れもしない、2007年4月30日。「ドルチェ」発売である。フレーバーは、「クレーム・ブリュレ(現在は一部店舗のみで販売)」と「ティラミス」の2品。あれだけ事前に想像を膨らませていた「ドルチェ」。さて、どうか。

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