ハーゲンダッツ――“至福の瞬間”を形にしたドルチェ小西賢明の「お客様を想え。」(4/5 ページ)

» 2008年05月12日 10時50分 公開
[小西賢明,GLOBIS.JP]

 皆さんは、どうだった? 結論から言えば、僕は「至福」を感じた。

 いつもの深みのある赤ではなく、テレビCMの秘密めいた黒でもなく、まっさらで上品な白地にベージュのパッケージ。フチの、フリルのような女性的でやわらかなデザインが新鮮なパッケージだが、その美しさもあくまでイントロに過ぎない。衝撃はそれを手にとってからの一連の時間。

 まず蓋を開ける、その瞬間。目に飛び込んでくるクレーム・ブリュレの表面は、とろりと光沢のあるカラメルソース。ティラミスの上には、ココアがたっぷり。明らかに、心が躍る。

 次にスプーンを入れた、その瞬間。クレーム・ブリュレ。すくおうとしたら「バリッ」と硬い抵抗感。表面をバリっと焦がしたブリュレのイメージが、そこにある。そしてティラミス。やわらかめのアイスクリームに、洋酒の良い香り。すくうと見える、凝った複雑な層。明らかに、これまでのどのアイスクリームとも、違う。心が、揺れる。

 そして口にした、その瞬間。目指したそれぞれのデザートの姿が、明確に伝わる。クレーム・ブリュレはバニラとカスタードの味が特徴。ティラミスは、エスプレッソ、マスカルポーネチーズ、スポンジが特徴。どちらもイタリアン・ドルチェをアイスクリームでここまで再現した味は、他に類を見ない。

 なるほど、こう表現したか。コンビニで手に入るコモディティなのに。1つひとつ手作りのケーキならともかく、あくまで工業製品なのに。開ける瞬間、スプーンを入れる瞬間、口に入れる瞬間。その一連の時間が「おいしい」を越えた「幸せ」を感じさせる。すなわち、至福。なるほど、ここまでやったかと。正直、感激した。

 これは、他社の「高級そうな」アイスと食べ比べると、その差は一層明らかになる。ブラインドテストでも、その突出したクオリティが明確に浮かび上がる。

 恐らく、結構カネのかかる材料で作っている。これだけ複雑な層を重ねる製造工程は、容易ではないし、コストもかかる。1個326円という値段は(2008年3月現在の標準小売価格)はアイスクリームとしては高価格でも、売り場で競合になりそうなコンビニケーキなどと比べて、法外な値段というわけではない。それでもこのクオリティを実現している。

 「なぜなら、出すべき価値が至福だから」。ハーゲンダッツ社員なら、そう言うのではないか。

 妥協せず、価値を形にしてきたドルチェ。そこから僕は、ハーゲンダッツがいかに真面目で愚直な会社であるのかということを強く感じた。難易度が高くても、大きな収益につながらなそうであっても、「至福」なる価値の創造に、あくことのないエネルギーをかけるその姿勢に、あらためて、感激した。それは昨年春の、ちょっとした事件であった。

打ち手を語る前に価値を語る大切さ

 さて、実際のところ。ドルチェの同社業績への貢献度合いはどうなのだろう。ドルチェは高単価ではあるが、開発費、製造コストなどを勘案すると、意外と粗利は低いのではないかと僕は推計している。あまり儲かる商品ではないだろう。

 また、アイスとデザートを重ねる市場は、昔からなかったわけではないが、なかなか大きくは広がり難い市場である。伸びには限界があるかもしれない。

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