第3回 ファイナンスの基本保田先生! 600秒でファイナンスを教えてください(5/7 ページ)

» 2008年06月26日 00時00分 公開
[保田隆明,Business Media 誠]
JMA Management Center Inc.

「資源活用」をしているか

 さて、収益状況や効率性を把握するには、損益計算書のデータだけでこと足りますが、保有資産をいかに効率よく活用しているかに関しては、貸借対照表と損益計算書の両方を用いることで初めて可能となります。代表的なものがROAROEです。

 こういう専門用語が出てくるとアレルギーを起こす方もいらっしゃるかもしれませんが、心配ありません。

 またペラトンホテルの例で考えましょう。

 ペラトンホテルには天然芝の庭があります。春には美しい桜が咲き、秋には紅葉がキレイなのですが、外からは見えにくく、その庭の存在に気づくのはホテルの宿泊客だけです。

 ある日ペラトンホテルの社員が「この庭を有効活用しよう」と言い出しました。お花見と紅葉のシーズンに庭を入場料500円で宿泊客以外にも開放することにしたところ、これが大人気となりました。ホテルは今まで庭という資産を保有しながら1円のお金もそこから稼いでいませんでした。それが、途端に収益源に変わったのです。これこそまさに保有資産の効率的・有効活用です。

 会社は庭以外にもさまざまな資産を保有しています。今回のケースのような場合は「保有資産に対してどれぐらいを稼いでいるか」を測る指標が欲しくなるものです。それがROAと呼ばれる指標です。ROAとは「Return on Asset」の略であり、資産に対してどれぐらい収益を上げているか、という指標です。

 ペラトンホテルの例では、「庭の活用に気づいた人は偉い」なんて思ってしまいそうですが、個人の場合で考えてみると自分の保有資産を有効活用しようなんてことは日々常に考えているはずです。例えば、空き家や空き地を持っている人は当然貸し出しますし、私の知り合いでブランド好きな女性は、保有している高級バッグを友達に有料で貸し出しています。

 企業でも同じで、保有資産に対してより効率的に稼げる戦略を常に打ち立てる必要があります。通常は資産規模が大きくなればなるほど稼ぐことのできる金額も大きくなるはずです。資産規模の拡大度合いと収益の拡大度合いが見合わない場合は要注意です。

 例えば、バブル期の日本では、海外の有名絵画を買い漁る企業も存在しましたが、絵画は会社の資産にはなっても社長室に掛けてあるだけでは収益を生み出しません。これは資産だけがムダに大きくなる典型例です。他社に比べてROAが低い場合は、資産活用の効率性に問題があるのです。

 ROAに似た指標にROEがあります。これは「Return on Equity」の略であり、株主資本(自己資本)に対してどの程度効率的に稼いでいるかを表します。

「資金調達方法」はどっちがいい?

 ROAやROEは貸借対照表と損益計算書の両方を用いて企業がいかに効率的に稼いでいるかを表す指標である、と述べましたが、具体的にどういう動きをするかを先ほどのペラトンホテルの例で検証しましょう。

 ペラトンホテルでは新しいホテルを1棟建設することにしました。建設総額は50億円、この新ホテルから上がると予想される営業利益は年5億円です。社内では建設資金をどうやって調達するかを議論しています。

 50億円の建設資金を「全額自己資金で建設する場合」と「10億円だけ自己資金で残り40億円を借入金でまかなう場合」の2つのケースを比較することになりました(図24参照)。借入金の金利を5%・税率を40%と仮定します。

 「建設資金総額に対しての最終的な利益」という観点では、全額自己資金でまかない、借入金が存在しなければ支払い利息は発生しないので、当然利益は高くなります。ROA(この場合は正確には投資額に対する利益なのでROIですが、便宜上ROAとしています)で見ると、全額自己資金でまかなう場合(図24・ケースA)の方が高くなります。一方、自己資金に対するリターン(ROE)では借入金が存在する場合(ケースB)の方がよくなりました。

 借入を行うと金利が発生するにもかかわらず、世の中の数多くの企業が借入を行うのは、まさにこの「ROEでは数字がよくなる」というカラクリにあります。借入を行うと、自己資金だけで投資をするときよりも投資効率が高まるのです。

 自己資金を50億円保有している場合は、50億円全額で1つのホテルを建てるより、自己資金10億円+借入金40億円でホテルを5つ建てる方が効率的に儲かるのです。

 「したたかに借りて、したたかに稼ぐ」。これが企業経営において重要です。そしてそれを測る指標の1つとしてROEが挙げられるのです。

 ここまで来ればおわかりだと思いますが、借入金を増やせば増やすほど、ROEはROAに比べて高くなります。

 ペラトンホテルの新ホテル建設において、50億円のうち1億円だけを自己資本として49億円を借入金とする場合(ケースC)を作ってみると図25のようになります。

 ケースCのROEは153%と圧倒的に高まり、これぞまさに「したたかに稼ぐ」ことの典型例のように思えます。しかし、これだとあまりに借入金の割合が高くて危険です。万一ホテル経営がうまく行かなかった場合は多額の借入金と支払い金利だけが残り、ペラトンホテルは倒産してしまいます。

 借入金の活用はある程度まではしたたかに稼ぐために有効なのですが、あまりに過大となると倒産リスクが高まるため、「ほどほどのレベル」にしておかなくてはなりません。

 では、その「ほどほどのレベルはどれぐらいか」というのを測るために存在するのが自己資本比率です。これは総資産に占める自己資本の割合を表しますが、自己資本と借入金の割合をも表します。

 ペラトンホテルの場合、図25のケースAでは自己資本比率が高すぎて(100%)、ROEが低くなってしまいます。ケースCだとROEは高まりますが、自己資本比率が低すぎて(2%)倒産リスクが高まります。

 しかも、もし本当にケースCのような自己資本比率の低い状態で借入金を調達するならば、倒産リスクが高いために金利は高めに設定されます。今まで5%で調達できていたものが10%に跳ね上がったとしましょう(図26のケースC')。

 するとどうでしょう? 結局営業利益のほとんどが支払い金利で消えてしまい、ROAは劇的に下がり、ROEもたいしたことのないレベルになってしまいます。これでは全く意味がありません。

 ROA、ROE、そして自己資本比率は、お互いが密接に関わっていることがおわかりいただけると思います。

 ROAが高くても、同じレベルのROAを稼いでいる他社に比べてROEが低いと、株主資本を有効に活用していないこととなり、株主からの不満が高まります。逆に株主を喜ばせようと思ってROEを高めるために借入金を増やしすぎると倒産リスクが高まります。

 ROA・ROE・自己資本比率の3つをバランスよく保ちながら数値を改善していくことが企業経営を考える上で重要となるのです。

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