向谷実氏が考える鉄道と音楽(前編)――発車メロディ3つのオキテ近距離交通特集(1/3 ページ)

» 2008年12月23日 12時00分 公開
[杉山淳一,Business Media 誠]

 かつてジリジリと乗客を急き立てた発車ベルが、心地よくお客様を送り出すメロディに変わってきた。発端は、乗客や駅周辺の人々からの苦情だった。各駅の発車メロディには、パターン化した曲や、親しみのある曲のアレンジ版などさまざまな種類がある。そんな発車メロディには、乗車を促し、注意を喚起するだけではなく、心地よさを演出するという役割も求められるという。

 発車メロディとは、そういった実用的な機能を求められる“鉄道向け実用楽曲”の1つといえる。本記事ではこういった実用楽曲の成り立ちと意義について、作曲家の向谷実氏に聞いたインタビューを2回に分けてお送りする。

向谷実(むかいや・みのる)氏。株式会社音楽館代表取締役、人気フュージョンバンド「カシオペア」のキーボーディスト。4歳半からオルガンを、5歳からピアノを習い始め、6歳で既に作曲を行っていたというたぐいまれな才能を持つ。熱烈な鉄道ファンとしても知られ、実写映像を用いてリアルに電車の運転をシミュレートするゲーム『Train Simulator』の製作者でもある

 向谷氏はフュージョンバンド、カシオペアのキーボード担当として有名だ。現在は鉄道シミュレーションゲームの制作者、鉄道クイズゲームの監修者としても知られている。またゲームだけでなく、2007年にオープンした鉄道博物館のSLシミュレータや、富士通と提携して鉄道会社の乗務員訓練シミュレータなど、業務用シミュレータも手掛けている。最近では、作曲家としても鉄道に関わっている向谷氏。九州新幹線の発車メロディや車内放送メロディに続き、京阪電鉄の発車メロディを作曲して話題になっている。

 この京阪電鉄の発車メロディは「各駅のメロディをつなぐと1曲になる」という仕掛けが施してあり、京阪電鉄のサイトで試聴することができる(参照リンク)。2007年6月から京阪線17駅で使用されており、列車の種別と行き先で異なる4パターンがある。2008年11月には、発車メロディに加え、アレンジバージョンも含めて収録した音楽CD『京阪電車発車メロディコレクション』が発売された。

 向谷氏は発車メロディに対する強い理念を持っている。発車メロディは「ただベルがメロディになっただけではない」と話す。


『京阪電車発車メロディコレクション』は、中之島、淀屋橋、天満橋、京橋、守口市、寝屋川市、香里園、枚方市、樟葉、中書島、丹波橋、祇園四条、三条、浜大津の京阪電鉄各駅で購入可能。2000円

発車メロディのオキテ――その1「完結しない」

 「最初に発車メロディを作った路線は九州新幹線で、今回の京阪電鉄は2作目になります。京阪は都会の通勤電車なので数秒の短いメロディですが、最初に手掛けた新幹線は長かった。十数秒あるんですね。最初だし、この長さだと表現できることもいろいろあって、音楽的にもさまざまなチャレンジをしました。そのときに『発車メロディとはこうであるべきじゃないか』という、自分なりのセオリーができてきました」

 鉄道会社からはとくに、発車メロディに対して「こうしてほしい」という要望はなかったという。つまり、鉄道会社すら考えが及ばない“発車メロディのあるべき姿”を、作曲する立場の向谷氏は悟ったのだ。

 向谷氏が考える、発車メロディのセオリーとは何か?

 「電車に乗る前に楽曲を終結させないということです。電車に乗る人は、そこですべて終わっているわけではなくて、まだ何かをしている最中か、これから何かを始めるか。例え帰宅時であっても、今日1日のいろんなことを考えながら家路につくわけで、家に帰るまで移動は終わってないですよね。そんな気分で電車に乗る時に、終わった感じの音楽を聴かされるとがっくり来ちゃう、と思ったのです」

 都市を走る路線の発車メロディが“日常の音”なのに対して、“非日常”である新幹線のホームで流れる発車メロディには、求められるものは違うのだろうか。

 「新幹線に乗る時は、ビジネスでも旅行でも、ダイナミックな活動のためにワクワクしていることが多いはず。だから九州新幹線の発車メロディは、転調+転調+転調して終わらない感じ。そういう曲を作りました」

 発車ベルのように、危険喚起、注意喚起、お客様を急かすのではなく、ワクワク気分を盛り上げて、さあ乗ろう、という気分にさせる。スムーズな乗降を実現するという結果は同じだとしても、お客様の気分はどちらがいいか。

 「これは効果があったと思いました。だから、自分の駅メロディのセオリーは“完結しない”です。京阪電鉄の場合は、各駅のメロディをつないで1曲にするというチャレンジがあったので、終着駅については若干終わった印象もあります。でも、原則としては終わりにしない曲を作りました」

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