すでに文庫・新書バブルは崩壊? 勝ち残るのはどこ出版&新聞ビジネスの明日を考える(3/5 ページ)

» 2009年04月06日 07時00分 公開
[長浜淳之介,Business Media 誠]

 また、女性向けの大衆恋愛翻訳小説、ハーレクイン文庫の外人女性モデルを起用した装丁に対し、青春SM小説確立を目指す作家サタミシュウの3部作『私の奴隷になりなさい』『ご主人様と呼ばせてください』『おまえ次第』(いずれも角川文庫)では、AV女優の大沢佑香を起用した。大沢佑香はグラドル出身のキュートなルックスにもかかわらず、アフリカロケで黒人と絡むなど恥辱の限りを尽くした激しい表現をする女優で、編集部の作家への期待のほどがうかがえる。

青春SM小説確立を目指す作家サタミシュウの3部作

 このようなエンターテイメントの一環としての文庫でないと、売れないかというとそうでもない。

 古典では格差社会到来、ワーキング・プアや派遣切りを背景に、小林多喜二『蟹工船』(新潮文庫、角川文庫、岩波文庫)が2008年にヒットした。マルクス/エンゲルス編/向坂逸郎訳『資本論』1〜9(岩波新書)の人気も再燃しており、貧困に向き合った“左翼的”な古典は、経済不況と弱者切り捨てが続く限り、文芸、社会科学を問わず今後も広く読まれるのではないだろうか。

 また、今年は作家・永井荷風没後50周年であり、小説『ぼく(さんずいに墨)東綺譚』(岩波文庫、新潮文庫、角川文庫)、日記『摘録 断腸亭日乗』上・下(岩波文庫)、随筆『日和下駄』(講談社文芸文庫)などの荷風作品が見直されるに違いない。

 美食家で陶芸家の北大路魯山人も没後50周年。平野雅章編『魯山人味道』『魯山人陶説』(いずれも中公文庫)などが、期待できるのではないか。

 翻訳物ではドストエフスキー/亀山郁夫訳『カラマーゾフの兄弟』1〜5(光文社古典新訳文庫)が累計100万部を超え、気を吐いている。光文社古典新訳文庫は4月に、ニーチェ/中山元訳『善悪の彼岸』、魯迅/藤井省三訳『故郷/阿Q正伝』を投入する。ほかにこの分野に力を入れているレーベルがあまりないだけに面白い存在である。

新書は“力本”のタイトル数爆発、“品格本”は収束へ

 新書へと目を移すと、教養新書のブームが昨年後半に一段落して、新しいヒットが出にくい状況になっている。新刊に勢いがある文庫との大きな差である。

 2008年後半から2009年初めのトップセラーは、2008年5月発売の姜尚中『悩む力』(集英社新書)で、テレビのコメンテーターとしても人気がある政治学者の生き方指南本である。75万部くらいまで部数を伸ばしている。

 また「〜力」とタイトルの付く本が増えており、新書の主力である自己啓発分野では、ちょっとした“力本ブーム”になっている。そう言えばWBCで優勝した原辰徳監督も、「日本力(にほんぢから)」という言葉を使っていた。

 主な今年になってから刊行された近著から、タイトルを挙げていこう。

 齋藤孝『坐る力』(文春新書)、太田肇『認められる力 会社で成功する理論と実践』(朝日新書)、養老孟司『読まない力』(PHP新書)、勝間和代『断る力』(文春新書)、伊藤真『選び抜く力』(角川oneテーマ21)、大前研一『マネー力』(PHPビジネス新書)、坂戸健司『「発見力」の磨き方』(PHPビジネス新書)、工藤公康『現役力』(PHP新書)、小出義雄『育成力』(中公新書ラクレ)、野里洋『沖縄力の時代』(ソフトバンク新書)、本田透『がっかり力』(アフタヌーン新書)、小林昌平・大石太郎・小峯隆生『「ハッタリ」力 30歳からでも間に合う人生再起動の教科書』(講談社プラスα新書)、ブライアン・トレーシー/片山奈緒美訳『逆転の時間力 無理なく成果が出るムダゼロ仕事術』(ヴィレッジブックス新書)など、枚挙にいとまない。

 まさに“力本”のオンパレードで著者も、学者、経済評論家、資格学校の校長、野球選手、マラソン監督等々多士済々であり、翻訳本まである。売れ行きでは最近の著者の人気から、勝間和代の『断る力』が頭ひとつ抜けているようである。

 一方で2005年の藤原正彦『国家の品格』(新潮新書)の大ヒットに端を発する、“品格本ブーム”は、坂東眞理子『女性の品格』『親の品格』(いずれもPHP新書)、小笹芳央『会社の品格』(幻冬舎)、渡部昇一『日本人の品格』(ベスト新書)などのヒットを生みつつ、ついに収束したようだ。2009年2月発売の火坂雅志『名将の品格』(生活人新書)あたりで打ち止めの模様である。

 『国家の品格』は発行部数250万部を超えるまさに大ヒットであり、『悩む力』の3倍以上読まれている。にもかかわらず、“品格本ブーム”より今回の“力本ブーム”の方がタイトル点数が断然多く、過去のベストセラー作家や有名人を各レーベルともに積極的に投入しているものの、平均部数は小粒である。各レーベル間の競合がいかに激しくなっているかを物語っている。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.