さようなら、Mr.スポック!――新しい経済学「行動ファイナンス」って何?現役東大生・森田徹の今週も“かしこいフリ”(3/4 ページ)

» 2009年04月21日 08時00分 公開
[森田徹,Business Media 誠]

不公平回避と独裁者ゲーム

 これら知見の中でも最も「あぁ、やっぱりそうなのか」と感じるのは、「不公平回避(Inequity Aversion)」だろう。経済主体である我々は利己的にのみ振る舞うのではなく、ある程度は利他的に、相手のことを考えて行動するという、見たまんまの知見である。

 この不公平回避に対する実証の中で有名なのは「独裁者ゲーム」である。以前、駒場キャンパスでもこの実験の公募をしており、バイト料が良いというので文二生(経済系の教養学部生)の間では一時期有名だった。

 いわく、2人の参加者のどちらかが独裁者になり、報酬の取り分を独裁者が自由に決められるというゲームをするときに、どの程度相手に分け与えるかという実験だ。駒場の実験バイトでは、これで得た報酬がそのままバイト料になっていたはずだから、バイト料をとるか己の倫理観をとるかで相当な心理戦を強いられたに違いない。

 1回こっきりの付き合いならば、もちろん“分け与えない”が最も合理的な選択だ。経済学的には、経済主体は自らの利得を最大化する行動をとるはずだからである。

 しかし実験をすると、やはり独裁者の独占(100:0)が分け方としては最も多かったようだが、多くの独裁者はいくらかは与え、半々で分けるケース(50:50)が独占の次に多かったようだ。平均すると20%程度は相手に与える結果となるようである。Mr.スポック的には“非論理的な”人間の行動だ。

プロスペクト理論と株式プレミアムの不可解

 深く考えると数式の登場は免れ得ないからあまり触れたくないのだが、さっきからプロスペクト理論の名を連呼しているので、同理論の簡単な説明とその応用例の1つとして株式プレミアムの不可解(Equity Premium Puzzle)について紹介しておこう。(プロスペクト理論は、英語版Wikipediaではヒューリスティックの一部とされている)

 プロスペクト理論とは、いくつかの実証的知見を“価値関数”として表現し、既存の経済学に心理学を持ち込むことに成功した希有な例と言えるだろう。価値関数について詳細は触れないが、ここで導入される心理学的知見は主に以下の2つである。

非線形加重

 人は、比較的起こりえない事象を無視し、比較的確実な事象については過大な加重をするというものである。非常におおざっぱに言えば、99%の確率で10万円がもらえ、1%の確率で1000万円を失うとき、もらえる額の期待値はマイナス1000円だが、我々は漠然と10万円がもらえるものとして行動するのである。

参照基準点

 我々は富の絶対的水準というものを持っているわけではなく(期待効用仮説)、今より損をしたか得をしたかということの方に気を向けるものなのである。だが、

(1)確実に儲かる24万円

(2)100万円が25%の確率で得られ、75%で何も得られない

 という2択のケースでは我々はしばしば(1)を選ぶのに

(3)確実に失う75万円

(4)100万円を75%の確率で失い、25%の確率で何も得られない

 という2択のケースではおよそ(4)を選んでしまう(期待値の最大化としては(2)を選ぶのが合理的で、(3)(4)は同等の質問となる)。これは我々の利益を確定し損失を回避したがる傾向を如実に表している。

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