ここで気になるのは、我々人にもこの鋤鼻器はあるのかという問題である。結論から先に言えば、鋤鼻器に関しては“微妙”※。しかし前述の「副嗅球」が人間には存在しないため、一般的なホ乳類に備わるフェロモン処理系である「鋤鼻系」は存在しないと考えられている。
では、人にフェロモンはないのか? と暗澹(あんたん)たる気持ちになってしまうが、唯一、人の臨床知見で存在が示唆されているフェロモンがある。それは「性周期同調フェロモン」だ。同フェロモンは、シカゴ大学のマーサ・マクリントック女氏により1971年、その存在が示唆されたものだ。これは、ルームシェアをしていた彼女自身が寮生活の中で存在を予見したフェロモンで、このフェロモンの影響を受けた女性達の月経周期が一致するようになるというものである。
しかし鋤鼻系が使えないとなると、どこで受容されているかというのが気になるところだ。さまざまな仮説はあるのだが、人間の場合は普通に鼻(嗅覚系)で受容が行われているようだ。2000年には人の嗅覚器内にフェロモン受容体の遺伝子の発現が示されたという報告もあったらしい(関連リンク)。
記事冒頭の「美人から香る甘い匂い」というのも、なかなか悪くない予想だったわけである。
英語版のWikipediaでは、先述の予想に関する議論が長々と書き連ねられている(なぜか、Wikipediaは日本語より英語の方が充実していることが多い)。だが、筆者は医学や生物学は門外漢であるので医療系の英単語が苦痛でしょうがないので、理解ができた範囲で議論を非常に大ざっぱに要約すると以下のようになる。
「女性の性周期同調フェロモンは女性の月経周期を一致させるように狂わせるが、男性から出るフェロモンをかがせると月経周期は通常に戻ると予測されている」。要は異性との関わりが我々には必須と言うことだろう。さらにまだまだ発展余地のある研究分野であることが書かれている※。
この研究過程でいくつかの性フェロモンを同定したとし、特許をとったものもいくつかあるようだが(コピュリンなど)、いずれもきちんと検証されたことはないようだ。残念ながら、催淫剤(さいいんざい)やフェロモン香水の類は、いまだにエセ科学の域を出ないようである(古来より麝香【じゃこう】という牡鹿の性フェロモンが入った香水が知られているが、これを使って奈良に行けば鹿にはさぞモテることだろう)。恋愛に科学の力を借りるには、もう少し時間がかかりそうだ。
最後にヒトフェロモンはどこから出るのか? という話で終わりにしよう。これは性周期同調フェロモンの議論の中での話だが、少なくともこのヒトフェロモンは脇の下からでるらしい。実験では、いずれも脇の下から採取した汗を「フェロモンを含んだもの」として扱い、それで実証的な結果を出している。
他人の脇の下の汗……うーむ。よくもまあ、実験の協力者が見つかったものである。むろん繰り返しになるが、これらはヒトフェロモンの中でも最も実証に近い性周期同調フェロモンに関してのものだ。だから、仮に人間に性フェロモンがあったところで、その存在や分泌・受容方法を規定するものではない。
しかし、美人の脇の下から出ている物質を嗅いで喜んでいると考えてしまうと、ここは科学的な実証知見なんて忘れて、フレグランス(香水など香りを楽しむ商品の総称)の色香に惑わされていた方がまだ幸せなのかもしれない。
余計なことを調べたばっかりに、これからは甘い香りの美人に出会うたびに脇の下のケアが気になってしょうがなくなりそうだ。つくづく、世の中というのは知らない方が幸せなことの方が多いようである。
そうそう結局、特にホ乳類の性フェロモンの出し方について触れた文献は見つからなかった。少なくとも唯一発見されているヒトフェロモンは脇の汗に含まれるのだから、臭わない程度に脇汗は放置しておけばいい、ということだろうか。
まあ、筆者は遠慮したい話ではある。
著者プロフィール:森田徹
1987年生まれ、東京大学経済学部経営学科在学中、聖光学院中高卒。現在、東大投資クラブAgents、自民党学生部などのサークルに所属している。投資・金融・経営・政治・コンピュータ/プログラミングに興味を持つ。リーマン・ブラザーズ寄付講座懸賞論文最優秀賞、日興アセットマネジメント主催「投信王 夏の陣」総合個人優勝。主な著書に『東大生が教える1万円からのあんぜん投資入門 』(宝島社)
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