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» 2009年07月24日 07時00分 公開

テレ朝・角澤アナが語る、スポーツ実況の内幕(4/5 ページ)

[堀内彰宏,Business Media 誠]

憧れすぎて似てしまう怖さ

報道ステーション公式Webサイト

角澤 憧れのアナウンサーは断然古舘さんなのですが、憧れ過ぎてしまうと全部真似して、だんだん似てきてしまう恐れがあります。先輩の渡辺宜嗣アナウンサーは久米さんのことが大好きで、自分でも「久米さんの真似を自分はし続けた」とおっしゃっています。真似をし続けた結果、ニュースステーションで久米さんの代理をやった時に、視聴者から「久米さんにそっくり」という感想が殺到しました。

 僕は古舘さんになれないとは思うのですが、“似てしまう怖さ”というのはあると思います。古舘さんのスタジオでの進行の間などは頭に残っているのですが、憧れすぎて似てしまう怖さというのが自分の中であって、オリジナリティで勝負しなければいけない世界だと思うので、憧れのアナウンサーと目指すアナウンサー像は違うのかなと思います。

 また、スポーツジャーナリストと言われる人には、スポーツアスリートとの向き合い方が上手な人がいっぱいいると思いますが、僕はしごく下手くそな人間で、親しいスポーツ選手はいますが「親しくなり過ぎてしまうといけないかな」と思ってしまう方です。例えばどの新聞にも出ていなかったことなのですが、この前、ある日本代表選手がひざが悪いのを隠して痛み止めを打って日本代表戦に出ていたのですが、明らかに動きが悪いのです。前日に彼は「絶好調」とコメントしていたのですが、放送席で「実は彼は今日痛み止めを打ってまでやっています」と言うのは、真実を伝えるということではありますが、僕は何か言えないんですよね。

 あまり仲良くなり過ぎてしまうと、知ってしまうがゆえに僕も結構苦しんでしまう。「角澤さんだけに言いますけど、今日痛み止めを打っているんです」と言ってくれても、それは「放送のネタとして言っていいですよ」というわけではなく、親友として言ってくれているわけです。そういう葛藤があったりするので「親しくなりすぎるのも難しいなあ」と思いますが、親しくならないことにはその選手がどんな思いでピッチに立っているか、相撲の土俵に立っているか、プロレスのリングに立っているのかというのは語れないとも思います。だから、「親しくならなくては」とは思うのですが、僕はアナウンサーとして失格だなと思うのはその辺の折り合いがうまく自分で付けられないタイプだというところです。

当たり前のことを当たり前だと思わない

角澤 今ちょうどテレビ朝日の新人アナウンサー研修が終盤を迎えていて、講師を務めています。「教壇の上には机がいくつありまして」などと情景描写を1分間やらせたりするのですが、驚くのは「今日の空の色、何色?」と入った子たちに聞いてみたら答えられないんですね。それにビックリして、それがどこにつながるかというと「当たり前のことを当たり前だと思って生きているのかな」と思ったのです。

 朝起きて、深呼吸もできたりして、花もきれいだったりして、街に出たら空気がおいしかったり、風がさわやかだったり、空の色がとっても青かったりとか、そういうとこって忘れているのかなと。「当たり前のことを当たり前だと思って生きていてはダメかな」と最近思います。今日自分は当たり前のように早稲田大学に来ているけど、その裏には両親が一生懸命生きてくれて、出会って、僕を子どもとして育ててきてくれたという当たり前のことがある、日本がこれをもって平和というか分からないですがこういう社会であるということがある、そんなことも含めて「当たり前のことを当たり前だと思わない」というところにアナウンサーとしての出発点がある気がすると僕は思います。

 「アナウンサーは五感が必要だ」と言われます。「常に五感を通じて時代にアンテナを張りなさい」ということを新人のころから先輩に言われ続けてきたのですが、その根底には自分が今生きていることとか、ここに座っていることが当たり前だと思わないことがあるのかなと思います。新人のころはいまいち響かなかったのですが、今教える側になってみると、「ああそうか。俺、当たり前のように会社に来ていたなあ。空の色にも気付かずに給料をもらって、会社と家を往復していたな」と思うのです。

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