テレ朝・角澤アナが語る、スポーツ実況の内幕(3/5 ページ)

» 2009年07月24日 07時00分 公開
[堀内彰宏,Business Media 誠]

テレビ朝日はなぜ“絶叫系”の実況を求めていたか

 「僕が伝えたいこと」「テレビ朝日が伝えたいこと」「視聴者が知りたがっていること」のリンクが非常に難しいと言いましたが、テレビ朝日は一時期、いわゆる“絶叫系”の実況を求めている時代がありました。僕はそんなに絶叫したくなかったのですが、テレビ朝日は当時、TBSさんにも視聴率を抜かれていて非常に苦しい状態だったので、「少しでも視聴者を獲得しないといけない」ということから、絶叫するのがいいとは限らないと分かってはいたものの、「注意を引き付ける意味で盛り上げてくれ」と言われた時期がありました。

テレビ朝日公式webサイト

 僕も相当反発したりしていろいろやりあった結果、皆さんが見たかもしれないオンエアになりました。中にはすごいのがあって、プロデューサーからの一斉指令が僕が耳に付けているイヤホンに来るというのがありました。いまだに覚えている一斉指令が、「はい、裏番組、フジテレビの『(奇跡体験!)アンビリバボー』、CMに入りました。盛り上げてください」というものです。CMに入ると、皆さんチャンネルを変えるんですね。「ザッピング※している時間帯にいかにこっちを見てもらうか」「注意を引き付けるような実況をしてくれ」ということで、それを5分刻みぐらいに要求されている時期がありました。

※ザッピング……テレビを視聴している際にリモコンを操作してチャンネルをしきりに切り替える行為のこと。

 ただ、試行錯誤するうちに、それだけでは視聴者との乖離(かいり)も生まれてくるということで、今テレビ朝日は大分変わってきています。間違った方向とも思わないし、よい方向とも思わなかったのですが、みんながみんな何が正しいか分からずに試行錯誤をしていた時期が2000年〜2001年ごろだったかなと思います。

「沈黙に勝るものはない」と思うこともある

角澤 視聴者の反応は痛いほど気になります。皆さんの意見がすごく貴重なのは分かっていて気にしているのですが、それは結局100%自信を持っていないからだとも思います。これはいけないことなのかもしれないのですが、ミスをいっぱいしていて、実況を終えた後は常に不安だし、「今日の自分の実況は完璧だったな」と思ったことなんか1度もないので、「しかるべき反応が来ているのだな」とは思います。

 僕はこれも久米さんに泣きついたことがあります。久米さんは久米さんで、「ニュースステーションを始めた時にはものすごく批判が多かった」と。当時はニュースショウというのがなかった時代で、ニュースというと「こんにちは、ニュースをお伝えします」といったような、言葉は悪いのですがNHKさんが昔やっていたような堅いニュースばかりでした。ニュースステーションのように自民党がやっていることを半分ククっと笑いながらやるような手法はなかったので、「本当にふざけてると自分も言われたんだ」と。ただ、「有名税というか、それだけ注目してもらっているんだと角澤君思いなさい」と久米さんに言われました。それでも僕は落ち込んでいましたけどね。

 テレビはラジオと違って、サッカーのようなスポーツだと音声を消しても内容が分かるので、「お前の音声、消して見ているよ」という投書をいただいたこともあります。そういう中でどこに気を付けて実況するかをひと言で言うと、「見えていないところをどういう風に自分の中でふくらませてあげるか」というところだと思います。取材の過程で見えてきたもの、その選手たちがどんな思い、喜怒哀楽を持ってピッチに立っているのかということを表現してあげる。ただ、そればかりを言っていると資料の押し付けになってしまうので、その辺の難しさというのはあります。

 考えてみると、アナウンサーの実況口調などは時代によって変わっているかもしれません。昭和初期の実況を聞くと、「前畑頑張れ」「頑張れ、頑張れ」しか言っていなかったりしてそれが名実況と言われた。でも、当時の日本を勇気付けたのは間違いなくあの実況だったわけで、そうなると実況はその時代とともに進化させなくてはならないと思うのですが、僕の中ではその意識はあまりありません。サッカーという競技の中で自分の実況技術を向上させることは大切だと思っているのですが、あくまでサッカーというのは起きていることがすべてです。僕の頭の中では見ている人はただ単にその競技を純粋に楽しみたいと思っているだろうし、僕がどんな実況や個性を出そうと思っても、見ている人は多分関心がないと思って基本的にはやっているつもりなので、あまり個性を進化させようとかそういう意識とかは正直ありません。

 テレビ朝日では今やっていないのですが、競技場の音声だけを流す副音声が他局にあるのは知っていますし、非常に刺激になっています。アナウンサーとしてはちょっと矛盾しているのですが、「沈黙に勝るものはない」と思うこともあります。

 ドーハの悲劇があった時、テレビ東京の久保田光彦アナウンサーが実況していました。2対1で日本がリードしていて、ロスタイムにイラクに与えたコーナーキックがゴールに入ってしまって同点になったことで、日本は1994年の米国ワールドカップに行けませんでした。新人アナウンサーたちでテレビを見ていたのですが、その時に久保田さんは「さあ日本、ワールドカップまであとロスタイム1分を切りました。コーナーキック」と言った後、スポッとゴールが入ると30秒くらい黙ったのです。

 泣き崩れる柱谷哲二さん、ラモス瑠偉さんたちの映像が刻々と流されているわけです。その映像の後に静かな声で「仕方ないですね」というひと言が聞こえたのですが、あの沈黙は新人アナウンサーの僕としては衝撃でした。「雄弁に語ることがすべてじゃないんだな」ということを学んだ瞬間でした。“絶叫型”と言われる私が言うには矛盾しているかもしれませんが、そういう意識は持っています。

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