アニメを“絵空事”にしないために――『サマーウォーズ』のロケハン術(2/6 ページ)

» 2009年10月27日 08時00分 公開
[堀内彰宏,Business Media 誠]

ロケハンには2回行った

岡本 次にどういうロケハンをやって、どういうシーンができたかというところを写真を見ながら具体的にうかがっていきます。写真1は上田駅のホームですね。

細田 そうですね、これは映画冒頭のシーンです。ガスタンクがアニメにはあって、写真にはないのですが、実は壁の向こう側にガスタンクがあるんです。

 ちなみにロケハンは2回行っているのですが、これからご覧いただくのは2回目、2008年夏に行った時のものですね。夏が舞台の映画なのに1回目は真冬、2008年2月に行ったんです。夏の風景を想像しながらロケハンして、それを検証する形で夏にもう1回行きました。

 1回目のロケハンの時には、脚本が第2稿まであがっている状況でした。ロケハンの情報を脚本に埋め込むことも必要なので、脚本家と直しをやっている合い間に行きました。決定稿ができたのは4月くらいです。

 2回目のロケハンは7月末、作品内と同じ時期に行っています。でも、この時点で実は絵コンテ※がもう半分はできていました。2月のロケハンの資料を使って何とかやったのですが、それを検証するためにスタッフみんなで行きました。ただ、ピースの作業はこれからといった時期ですね。

※絵コンテ……脚本を参考にして、展開を時系列順に絵で描いていったアニメの“設計図”。
JR上田駅の新幹線ホーム(写真1)

岡本 写真2はヒロインの実家がある伊勢山というバス停です。

細田 ロケハンでいろいろ探した結果、ヒロインの一族、陣内家の実家の場所は、想定として砥石城にあると決めました。陣内家は真田家がモデルなので、1回目にロケハンしたときは「真田城の場所にしようか」と言っていたのですが、真田城からは真田町は見えるのですが、上田市は見えない。そこで、上田市を一望できる場所ということで、砥石城ということになりました。

 砥石城最寄りのバス停がこの伊勢山です。写真では真田という表示があるのですが、それを残しておくと、どこまでが嘘でどこまでが本当か分からなくなってしまうので、巧妙に消しています。

伊勢山のバス停(写真2)

岡本 写真3は上田駅構内と聞いていますが、上田わっしょいというのはお祭りですか?

 そうです。7月の最終土曜日に行われる上田で一番大きなお祭りです。

細田 上田わっしょいというお祭り自体は妻から聞いて知っていて、「面白いお祭りなので、ぜひ映画の中でも使いたい」と思っていました。しかし、実際当日にみんなでロケハンに行ったのですが、「上田わっしょいが始まる」という看板や宣伝があるかと思っていたら何もなかった。

 だからこのデコレーションはアニメのでっち上げです。アニメでは中央にあるモニターに映像が映っていましたが、実際のJR上田駅ではただの看板があるだけなんですね。

岡本 でも監督、この画像を拝見していて、「現実をものすごく忠実にアニメで再現しているな」と今つくづく思っていました。例えば、かばんを持っている男性の後ろにあるポスターはそっくりそのままですし、置いてあるチラシも1つ1つ忠実に再現している。また、消火栓やエレベーターのドアにもリアリティを持たせているような気がします。こういうものは写真をもとにそのまま描いているのですか。

細田 そうですね。直接見てもいますし、写真を資料として使って描いているということもあります。ただ、そもそも「アニメでロケハンというのは一体何なんだ」というのがあると思います。つまり、実際にその場所に行かなくても、アニメは絵ですから描こうと思えば描けるわけです。それなのにあえて行くのはなぜか?

 昔はアニメは現実にない夢の世界というか、自分の想像力を広げたようなもの、世界に存在しないような素敵な雰囲気を描くという役割があったと思います。しかし、今のアニメ映画のあり方、もしくはお客さんがアニメ映画に求めるものというのは、昔とちょっと変わっているのではないかという感じがします。

 “リアリティ”ということだと思うんですよ。アニメはやはり絵ですから“絵空事”になりがちなので、全部嘘にすると「嘘だ」と視聴者が感じてしまう。そこで、「アニメの登場人物が自分と同じ現実に根ざした生活をしている」と共感を持って見てもらうための1つの要素として、実際の土地であったりとか、JRさんのように企業名を出したりしているのです。

 昔はアニメって、スポンサーの問題で実際の企業名を出すのはダメだったんですね。ただ、『サマーウォーズ』は映画なので、「映画ならテレビほどスポンサーの意向を気にすることはないかな」と思いました。むしろそれよりは実際の地名や企業名など、僕らが現実に生きている世界のリアリティを形作る要素を、アニメでしっかり再現することによって「主人公に寄り添って見てもらえるようにしたい」という意図がありました。だから、ロケハンの重要度というのは、アニメの世界でもこれから増えていくと思いますね。

上田駅構内(写真3)

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