日本で人気の高い音楽の1つに、ウィンナワルツがある。本場ウィーンではワルツの3拍目を微妙に遅らせて入る、という演奏習慣があるそうで、筆者はホンモノ志向の日本の演奏家たちがそれを真似して演奏するのに接したことがある。しかしそれは残念ながら、ホンモノとは似て非なるものであった。
カタチから入る、というのは、もちろん大切なことだ。しかしそれだけではいけない。やはり最終的には、心の裏づけが必要ではないだろうか。
日本で生まれ育った日本人である以上、外国のローカルな音楽を演奏する際に、現地の人と同じ「DNA」「気質」を持つことはもちろんできない。しかしそれでも、現地の人々との表面的な触れあいに留まらない、深い歴史的・文化的な理解と共感に基づいた心からの表現を目指すことならできるはずだ。
北川さんは、ヨーデルという領域において、まさにそれを成し遂げている。スイスにおける彼女の師匠であり、「ヨーデルの女王」との呼び声高いマリー・テレーゼ・フォン・グンテン女史は、スイスの新聞のインタビューに答えて、次のように述べている。
「サクラはとってもよく覚える。私はよ〜く分かっている。彼女は頭で理解しているだけでなく、心から感じ取っていることを」と。
北川さんのいう「ホンモノ」とは、こういうことなのである。今日の日本において、非常にアバウトに使われることの多いこの言葉の本来あるべき意味が、ここで改めて認識できた思いがした。
本場欧州でも、日本でも、北川さんのヨーデル・ライブは会場が大盛り上がりすることで定評がある。雑誌『Hanako』の「盛り上げの達人」に取り上げられたこともあるし、筆者もその盛り上がりを目の当たりにした。日本のように、ヨーデルが必ずしも一般的でないところでも、北川さんのライブがこれほど盛り上がる理由とはいったい何なのだろうか?
「これまでの人生において、私は2万ステージ以上の場数を踏んできました。その中で学び取り、日々実践していることがあります。
それは、コンサート・ライブ当日の天候や、お客様の属性、さらには会場に入られたお客様たちの気分に合わせて、臨機応変に演奏曲目や曲ごとのテンポ、MCの内容やテンションを変えてゆくことです。そのために、実際に当日演奏する楽曲は16曲程度でも、事前に30曲以上の楽曲を準備しておくんです。
舞台人として何よりも大切なことは、『相手の欲しいものを確実に届けること』だと私は考えているんです。そのためには、そうした柔軟性が必要だと思います」
2時間以上にも及ぶ、長丁場のステージもある。そうしたステージでも上首尾に乗り切ってゆくためには、開演前の準備だけでなく、当然、開演後のお客さんたちの「テンションの変化」にも対応してゆく必要があるはずだ。実際にはどのように対応しているのだろう?
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