本場スイスで初めてヨーデルCDを発売した日本人歌手――北川桜さん(前編)嶋田淑之の「この人に逢いたい!」(6/7 ページ)

» 2009年11月21日 06時30分 公開
[嶋田淑之,Business Media 誠]

プロフェッショナルとは何か?

 舞台芸術家として独自の境地に達している北川さんであるが、彼女は、「仕事に対してプロとして取り組む」というテーマに関して、どのような哲学を持ち、それを日々、どのように実践しているのだろうか。

 「アーティストの中には、『まあ、この程度やっておけば客は喜ぶ』という慢心した意識を持っている人がいます。でも、私は、それではいけないと思っています」

 筆者も、国内外で数百回、クラシック音楽を中心に様々なライブ・ステージに接してきた。確かに、適当に手を抜いて義務的にステージを消化しているようなケースは少なくない。

 芸術といえども、生活のための労働なのだろうか? 最も鋭敏な感性を持っているはずの彼らなのに、客層や時代の変化への関心は意外にも薄く、マンネリ化・陳腐化したプログラムを惰性のように続けていたりする。

 そして、会場の反応がイマイチでも大して気に留めず、「きょうの客はノリが悪かったな」と責任転嫁するようなことを言う。結果として客の入りが次第に悪化していっても、自分たちに問題があるということに気づかない芸術家は多い。

プロの歌手にとって、ノドは大事な商売道具。消毒用アルコールやマスクを持ち歩き、ノドを痛めないよう非常に気を遣っている

 北川さんは言う。「自分にどんなことがあっても、何でもないような顔をして、常に自分にとっての最高の芸を見せることで、人に夢を届け、人を喜ばせるのがプロだと考えています」。だからこそ彼女は“絶えざる自己革新”を決して怠らない。

 「往年の名ソプラノ歌手、レナータ・スコットの言葉を私は大切にしています。『お客様にとって大切な自分でありたい。そのための自己研鑽を怠ってはいけない』という趣旨のことを彼女は述べていますが、私はそれこそが、プロとして最も大切なことだと思います。

 私はヨーデル歌手として18年になりますが、その間、仕事で稼いだお金はほとんど全部、留学資金に回してきました。毎年数回、2週間〜1カ月程度、スイス、オーストリア、ドイツに行って自分の技を磨いているんです。去年もそんな感じで5回行きました。『いつ見ても、新鮮な感動があるね』とお客様に言っていただくためには、絶対に必要なことだと思っています」

 なるほど、その通りだろう。その陰には人知れぬ苦労もあったようだ。留学資金をとにかく毎年捻出しないといけないということで、20代のころなどはフリーマーケットで買った穴の開いた20円くらいのTシャツやジーンズを着ていたと聞く。

 それにしても、こうした生活を続けることを可能にした最大の要因は、一体何なのだろうか?「周りの人の愛情と理解、そして、表現者として、歌で食べてゆこうという強い意思があったからこそできたことだと思います」

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