書いても本にならない……ゴーストライターという仕事の現実吉田典史の時事日想(3/4 ページ)

» 2010年06月18日 08時00分 公開
[吉田典史,Business Media 誠]

 取材は、経営者の名前で出す本でありながら、営業推進部や企画部のマネージャー、課長クラスが編集者やゴーストライターに話す。編集者いわく「めちゃくちゃな話し合いになった」という。そこに広報も加わり、資料などを提示する。それで「あとはよろしくお願いします」となる。ライターがそれを200ページほどにまとめた。

 ここで、さらに問題が起きる。今度は、関与していなかった経営者(表向きの著者)が原稿に目を通した。すると「創業のころの話がない」「上場した話がないと、いけない」と言い始める。それを受けて、編集者やゴーストライターが取材をする。しかし、経営者はそこに現れない。広報の社員が経営者に代わり、話す。それをライターが原稿に書き加えた。

 さらに事態は、エスカレートする。今度は、経営者が新たにできた原稿を見て、「この本を世に出すのは当分、やめよう」と言い始めた。その理由は、「競合社から嫉妬(しっと)される可能性があるから」だという。ここまで来ると、悲しくなるほどのレベルなのだが、事実である。この会社に勤務するほかの社員からも、この話を聞いた。

 私はこの編集者にも問題があるのではないか、と思った。彼に「なぜ、こういう経営者を著者にしようとしたのか」と聞いた。すると「社長や役員(編集長兼務)の指示」という。役員らは、経営者の知名度の高さやブランド力に関心があったようだ。

 編集者によると、この経営者の会社が当初、「本ができ上がったときには5000部の買い取りをする」と明言したようだ。「買い取り」とは、会社などが本を出したとき、それを一斉に購入することを意味する。中堅出版社の役員クラスからすると、これだけの数の本を買ってくれる経営者は、大スポンサーである。トラブルメーカーであろうとも、ゴーストライターを使い、本を出したいと思ったのだろう。

 ここから、一段と根深い問題になっていく。今度は、本の発売が中止になったことを聞いたライターが言い始めた。「原稿料を早急に払って欲しい」。だが、編集者は払うことができない。そもそも、この本は失敗に終わったのだから。急いで、上司である役員に相談すると、「20〜30万円でいいだろう」と言った。

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