“御用聞きコメンテーター”を信じてはいけない相場英雄の時事日想(1/2 ページ)

» 2010年08月12日 08時00分 公開
[相場英雄,Business Media 誠]

相場英雄(あいば・ひでお)氏のプロフィール

1967年新潟県生まれ。1989年時事通信社入社、経済速報メディアの編集に携わったあと、1995年から日銀金融記者クラブで外為、金利、デリバティブ問題などを担当。その後兜記者クラブで外資系金融機関、株式市況を担当。2005年、『デフォルト(債務不履行)』(角川文庫)で第2回ダイヤモンド経済小説大賞を受賞、作家デビュー。2006年末に同社退社、執筆活動に。著書に『株価操縦』(ダイヤモンド社)、『偽装通貨』(東京書籍)、『誤認 みちのく麺食い記者・宮沢賢一郎』(双葉社)などのほか、漫画原作『フラグマン』(小学館ビッグコミックオリジナル増刊)連載。ブログ:「相場英雄の酩酊日記」、Twitterアカウント:@aibahideo


 日銀短観や国内総生産(GDP)などの重要経済統計の発表、あるいは急激な円高進行や株式市場の暴落など、さまざまな経済ネタが新聞やテレビで報じられない日はない。統計や市場の動揺などが伝えられる際、著名な大学教授やシンクタンクのエコノミスト、あるいはアナリストがコメントを寄せているケースが多いのは多くの読者がご存じの通り。だが、こうした「専門家の見方」という体裁には、いささか危険な側面があることはあまり知られていない。今回の時事日想は、コメンテーターの資質に焦点を当てる。

 →【鼎談】朝日新聞が、世間の感覚とズレにズレている理由

今日はどんなトーンで?

 筆者が駆け出し記者時代、先輩から1枚のリストを渡された。外為市場が荒れた際、あるいは日銀短観などの指標が発表された直後、コメントを求める専門家の一覧表だった。

 冒頭で触れた通り、リストには著名な大学教授や経済評論家、シンクタンクのエコノミストのほか、凄腕ディーラーなど、そうそうたる顔ぶれがそろっていた。

 この中で、筆者が注目したのは某シンクタンクの幹部だった。名前の横に☆印が付けられ、「最終兵器」との手書きメモが添えられていたからだ。なぜ彼が最終兵器なのか尋ねたところ、先輩はニヤニヤするばかりだった。

 数日後、実際に外為市場が荒れた。このため筆者に対し、外為市場の乱高下を伝える記事に、専門家の分析コメントを追加するようデスクから指示が出された。

 筆者は早速、この幹部に連絡を取った。すると、なぜ彼が最終兵器と呼ばれているのかが即座に理解できた。開口一番、この幹部は筆者にこう言ったのだ。

 「やぁ、どうも。今日はどんなトーンでしゃべったらいいのかな? 強気、それとも弱気? リクエストしてくれれば、ご希望に沿うようにしゃべるから」――。

 要するに、筆者がこれから執筆する記事のトーンに合わせる形で、都合良くしゃべってくれるという非常にありがたい方だったのだ。

 具体例を示すと、以下のようなことになる。

 「円高脅威論」的な記事であれば、円高による日本経済への悪影響を説明する。「円高は一時的」とする分析記事であれば、投機筋による行き過ぎた動きだ、などとコメントしてくれるわけだ。

 経済ニュース向けにコメントを提供してくれる専門家には、持論を曲げない頑固タイプの方々が存外に多い。また、会議や出張などの都合で、メディア側が話を聞きたい際、物理的につかまえられないケースも多々ある。

 筆者に「最終兵器」のリストを授けてくれた先輩記者によれば、「彼はいついかなる時も、どんなトーンでもコメントしてくれる最後の切り札」ということだったのだ。

 実際、筆者が受け取った一覧表には、同幹部のオフィスの電話番号のほか、自宅の番号も載っていた。メディアには大変貴重な存在だった。

 だが、副作用もあった。同じテーマで取材したはずなのに、他のメディアでは全く別の事柄をコメントされる機会が少なくなかったのだ。筆者が想像するに、他メディアの担当記者の間でも、同幹部は「最終兵器」と同じニュアンスの扱いだったのではと確信している。

 現在、彼はシンクタンクから某大学の教授に転身。今も頻繁にテレビの情報番組などに頻繁に出演している。過日、某民放局記者から聞いたところによると、「新幹線で移動中でも携帯電話を介してコメントをもらえる」のだとか。これではほとんど御用聞きの世界だ。

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