イマドキの若い人はお金を求めない――この言葉の裏に潜むワナ吉田典史の時事日想(3/3 ページ)

» 2010年08月27日 08時00分 公開
[吉田典史,Business Media 誠]
前のページへ 1|2|3       

 結局、この情緒的な世論の中で「退職金という制度そのものをなくすことがこれからの時代にふさわしい」という意見がまかり通るようになったのである。そこには、退職金をもらえない社員のその後の生活はどうなるのか、それに代わるものはあるのかといった現実的な視点の議論はなかった。もっぱら「会社にぶら下がるな!」という空しいスローガンだけが連呼されていた。

 そのどさくさにまぎれて、退職金制度そのものを廃止にした会社が当時、あった。私が取材したベンチャー企業の中にも、そのようなケースがある。そこは以前、中小企業退職金共済制度(中退共)を利用し、毎月、社員たちの退職金を積み立てていた。だが、この時期にそれを止めてしまった。その浮いたお金がどのように使われたのかを聞いたが、会社の社長と人事部長は答えなかった。

 本来、こういうときには労働組合が何らかの行動をとるべきなのだが、そもそも社内には労組がない。また外部のユニオンなどに駆け込む社員は、いなかったようだ。社長と人事部長は、そこまでしたたかに見抜いて制度をなくしたのだろう。

 しかしこの一連の取材で、納得した会社が1社だけあった。それは、品川にある外資系企業。ここは「オープン・ドア・ポリシー」と称して、社員が人事や賃金について上司や経営陣と話し合うことが認められている。不満を述べる社員でも、そのことで不利な扱いにはしないようだった。

 ある社員が「退職金制度は分かりにくく、不透明だ」と問題を指摘したという。それを機に、この会社は中退共の制度を利用するようになったのである。

 社長はこう話していた。「それまでは自社で退職金を積み立てていたが、それが不透明という印象を与えていたのかもしれない。外部の制度を使えば、公平な扱いになり、社員たちの納得感を高めることができると考えた」

 ちなみに、この社長もまた大企業の出身であるが、「いまの若い人は、お金を求めていない」とは一言も口にしなかった。むしろ、外部の力を借りていっそう充実した退職金制度を作ったのである。こういう経営者こそ、スポットライトを浴びるべきなのではないだろうか。

前のページへ 1|2|3       

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.