誰が終身雇用のコストを負担しているのか?ちきりんの“社会派”で行こう!(3/3 ページ)

» 2010年09月06日 08時00分 公開
[ちきりん,Chikirinの日記]
前のページへ 1|2|3       

誰が割を食っているか

 今、中堅以上の企業の社員や公務員の生涯賃金は3億円と言われます。給与以外を含めて企業側からみた人件費コストはその倍と言われており、だとすると6億円です。終身雇用を前提とすると、「100人の新卒学生を採用するのは600億円の新規投資をする」ことを意味します。

 それだけあれば自動車工場が1つ建てられるし、小さな企業が1つ買収できるでしょう。過去10年間、100人ずつ採用した大企業なら10年間で6000億円以上の投資です。生涯賃金の高い大企業では1兆円の投資と言ってもいいかもしれません。こんなリスクをとっている企業が“安定している企業”と呼ばれているのは本当に皮肉なことです。

 このように、終身雇用を前提とした新卒採用の調節だけで人件費を管理することはとても非合理だし、しかも巨額の投資リスクの負担を強いられます。それにもかかわらず、合理的な方法が司法判断によって閉ざされている日本。最高裁が解雇規制として日本企業に強いるこの非合理な行動のコスト、それにより押しつけられた損害は一体誰が負担しているのでしょう?

 無駄なこと、非効率なこと、論理的におかしなことをやらされると、かならず損害がでます。最もうまくやった場合にくらべて、成果は小さくなってしまいます。つまり、新卒採用だけで人員調整をするという非合理な方法論のコストは、あからさまには見えないですが、誰かが負担しているということです。

 被害を受けていると思われるのは……

(1)企業……本来もっと高い収益が上げられたはず(株主はより多くを得られたはず)

(2)有能な社員……本来もっと高い給与がもらえたはず

(3)若者……本来もっと雇用される機会に恵まれていたはず

(4)弱者……(企業業績が良く、より多くの人が雇用されていれば)本来もっと社会福祉の原資となる税金が多かったはず

 などですが、(1)の株主は、日本企業の株を売って海外の企業の株を買えばいいし、(2)の有能な社員も海外や外資系企業で働くという逃げ道があります。しかし、(3)の若者や(4)の弱者は逃げ道がありません。

 「終身雇用がいいか、悪いか」という議論は、不完全な議論です。何の犠牲も払わずに終身雇用ができているならそれでもいいでしょう。しかし実際には日本社会全体で、この制度の維持のために多大なコストを払っています。そして、それらのコストの多くは雇用機会が得られない若者や、社会の弱者が負担させられています。新卒を正社員採用し、定年まで解雇できないという終身雇用制度は、そういう人たちの犠牲のもとに維持されているのです。

 言いかえれば、終身雇用制度を維持することが個別企業の自由であるかのように考えるのは間違っているということです。私たちは社会全体でこの非合理な制度のコストを支払っているのです。今まず必要なのは、こういった“終身雇用制度の維持コスト”という概念や視点を持つことではないでしょうか。

 さらに解雇規制を確固たるものとして維持している最高裁の判事の方には、自分たちの判断によって、どれだけの損害をこの国の“次世代”の人たちや社会的弱者に押しつけているか、何とか早めに理解していただきたいものだと思います。

 そんじゃーね。

著者プロフィール:ちきりん

関西出身。バブル最盛期に金融機関で働く。その後、米国の大学院への留学を経て現在は外資系企業に勤務。崩壊前のソビエト連邦などを含め、これまでに約50カ国を旅している。2005年春から“おちゃらけ社会派”と称してブログを開始。Twitter:@InsideCHIKIRIN

 →Chikirinの日記


関連キーワード

ちきりん


前のページへ 1|2|3       

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.