記者が、人事ネタを押さえるワケ相場英雄の時事日想(2/3 ページ)

» 2010年10月21日 08時00分 公開
[相場英雄,Business Media 誠]

 これはマスコミ側の勝手な理屈だが、会社にトップ人事を発表されてしまうことは、記者にとっては最大の汚点、死活問題なのだ。他社にスクープを許してしまうのは、上司の叱責(しっせき)を受ける失点だ。だが、それにも増して当事者に発表されてしまうことは「会社に抜かれた」として、担当記者にとっては屈辱となる。すなわち、主要人事すら把握していないと判断され、その会社を丹念に取材していない怠け者だというレッテルを貼られてしまうからだ。

 当然、この生保のケースでは筆者の同期、担当記者も叱責された。だが、某紙キャップのとった行動はすさまじかった。記者クラブという衆人環視の中で、生保担当記者を3時間ほど罵倒し続けた。要するに、担当記者を見せしめにすることで、自社内の引き締めを図ったわけだ。

 筆者の元同僚の中にも、担当企業や役所の人事を血眼になって取材する向きが少なくなかった。重要人物の出身高校、大学、入社(入省)年次はもちろんのこと、所属する派閥、果ては彼らのご夫人方のグループ分けまでを諳(そら)んじていた記者も少なくない。

人事情報は自らを守る保険

 かくいう筆者も、駆け出し時代に先輩記者の人事取材を冷ややかに見ていた1人だ。ただ、当時カバーしていた日銀中堅幹部の人事をきっかけに、取材姿勢が180度変わったのだ。

 同氏が出世ポストに就くとの情報を得た筆者は、すかさず別件でアポを入れ、直接面会した。このとき「ご栄転おめでとうございます」といきなり切り出したところ、同氏は仰天した。同氏によれば、日銀上層部から内示を受けてから筆者が会うまでの間が、わずか20分しかなかったそうだ。

 このときは、ネタ元が確度の高い情報をいち早く漏らしてくれたことが幸いしただけなのだが、日頃気難しいと評判だった同氏が破顔一笑(はがんいっしょう:にっこり笑うこと)したことを筆者は鮮明に記憶している。同時に、世のサラリーマンの多くが、自身の出世や異動にどれほど神経を尖(とが)らせているのか、駆け出し記者は痛切に思い知った次第だ。

 筆者は一面級の人事ネタを取った経験はないが、数々の取材現場で人事の噂や情報の類いを頼りに、企業や役所の取材を重ねてきたことは間違いない。サラリーマン記者を辞めてからも、取引先である出版社の人事情報は常にアップデートしている。記者時代はネタを落としても叱責程度で済んだが、零細個人事業主となってからは、重要な人事情報で遅れをとれば、仕事そのものがなくなるリスクがあるためだ。

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