低所得者層を狙え! インドの6400円冷蔵庫がスゴいそれゆけ! カナモリさん(1/2 ページ)

» 2010年11月10日 08時00分 公開
[金森努,GLOBIS.JP]

それゆけ! カナモリさんとは?

グロービスで受講生に愛のムチをふるうマーケティング講師、金森努氏が森羅万象を切るコラム。街歩きや膨大な数の雑誌、書籍などから発掘したニュースを、経営理論と豊富な引き出しでひも解き、人情と感性で味付けする。そんな“金森ワールド”をご堪能下さい。

※本記事は、GLOBIS.JPにおいて、2010年11月5日に掲載されたものです。金森氏の最新の記事はGLOBIS.JPで読むことができます。


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 11月1日付日本経済新聞夕刊に、「6400円冷蔵庫 郵便局と販売提携 印家電大手、農村に配送網」という小さな見出しの記事が掲載された。

 「6400円冷蔵庫」とは、インド・ゴドレジ財閥の家電大手ゴドレジ・アンド・ボイス・マニファクチャリング社が開発した、「チョットクール」という製品だ。「チョット」はヒンディー語で「少し」を意味する。製品仕様は、記事では「重量は8〜9キログラム。コンプレッサーを使わず、『サーモエレクトリック』と呼ぶ電子冷却方式で庫内を5〜15度に保ち、野菜、果実、飲料を保冷できる。冷凍室はない」と紹介している。

 機能を必要最低限に絞り込んだ仕様が同じインドでタタ財閥が開発した自動車「ナノ」を想起させることから、「冷蔵庫版ナノ」と紹介しているメディアもある。しかし、機能をそぎ落すだけでなく、ターゲット層が生活の中でどのように使用するのか。そのために実現すべき仕様は何か。購入しうる価格で実現するために高価な部品と代替できるテクノロジーは何かというような探求を続けた過程は、「ナノ」の開発プロジェクト以上に意義深いといえる。

 詳細はJICA(独立行政法人国際協力機構)のWebサイトにゴドレジ・ボイス社の副社長G・サンドラマン氏の解説が掲載されているので、まずはリンク先を一読されたい。

 →BOP層向けの簡易冷蔵庫「チョットクール」の開発ストーリーとVLFMプログラム

 これは現在注目を集めるBOP(Bottom of the Economic Pyramid=開発途上国の年間所得3000ドル未満の低所得階層のことで、世界人口の約72%、約40億人存在するといわれる)へのアプローチ事例としても意義深いが、前掲の日経夕刊記事とあわせて考えると、マーケティングの整合性がよく分かる。

 モノ作りとしての「チョットクール」の秀逸さはリンク先のJICAの記事でよく理解できるだろう。インドのBOPをターゲットとしてそのニーズギャップをしっかりとおさえていることが起点だ。JICAのページのG・サンドラマン氏の解説より引用すると、「インド人の80%以上は冷蔵庫を利用していません。インドでは最安価格帯の冷蔵庫でも6000ルピー(約1万3200円)はします。10億人を超えるBOP層は支払うことができませんし、多くは電気へのアクセスがありません。しかし、もし牛乳を保存したり、野菜や果物を傷むことなく保存したり、数本の冷たい水を得ることができれば彼らの日常生活は著しく向上することができます」という状況だ。

 ターゲットとその潜在ニーズを見極めた上で、どのようなポジショニングにすればターゲット層に受入れられるのかを考えた過程も秀逸だ。解説では、「チョットクールは冷蔵庫ではありません! チョットクールは別の商品カテゴリなのです!」とある。電気が通っていない場合もある。リビングで寝起きするような狭小な住宅に住んでいる。中古冷蔵庫のある家庭でも食料の長期保存はしないため水以外は保存されていないという状態。そんなターゲットに対して、「低価格な小型冷蔵庫を作りました!」と言うより、彼らの生活によりマッチする新しい製品カテゴリであると訴求した方が受け入れられやすいのだ。

 軽量なため、使用場所を固定しない可搬性がある。さらに、12ボルトの直流電圧で機能し、バッテリーでもインバーターでも、太陽エネルギーでも機能するため、電気が通っていなくても大丈夫。形状も絞り込まれた機能も、確かに従来のいわゆる「冷蔵庫」とは一線を画している。

 ここまでで、インドにおける社会的・経済的なマクロ環境と、その中でのBOPというターゲット層とあり様。そして、ターゲットに受け入れられるポジショニング、ポジショニングを体現する製品(Product)と、その販売価格(Price)が整合していることが分かるだろう。

 しかし、問題はターゲット層に製品が行き渡ることだ。解説にも、「BOP層への道筋は簡単なものではなく、いくつかの挑戦に直面しました。広く薄く広がる市場、顧客の購買力の低さ、利用者側の認識の限界、大きな文化的多様性などです」とある。中でも最も厄介なのは「広く薄く広がる市場」へのアプローチ方法である。

 潜在ニーズはあるものの、新たなポジショニングの商品を説明し、販売するには販売チャネル(Place)の整備がカギとなるのだ。そこで、日経の記事にある「郵便局と販売提携」なのである。

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