コラム
» 2011年03月22日 11時20分 公開

松田雅央の時事日想:「原発事故」報道を検証する――海外と日本ではこれほど違う (3/4)

[松田雅央,Business Media 誠]

感覚の違い

 冒頭、国内と海外では原発事故の危機意識が異なると書いたが、その背景は以下の通りだ。

 ここ数時間の間にN24で繰り返し報道されているニュース・解説は「雨の中、放射線の危険におびえながら買い物をする市民」「放射性物質が気流に乗り拡散する様子をシミュレーションしたコンピュータグラフィック」「露地野菜、牛乳、水道水から放射性物質検出」の話題などだ。

 例えば、3月21日、福島県飯舘村の簡易水道水から規制値の3倍を超える1キロあたり965ベクレルの放射性ヨウ素が検出されたニュースを引き合いにして、日独の報道内容を比較してみたい。

日本側

厚生省は住民に飲用を控えるよう住民に広報することを求めた。担当者は「一時的な飲用であれば直ちに健康には影響しない」と話している。(3月21日2時31分、asahi.comより

 これに対し、N24は同事実を次のように伝えている。

ドイツ側

あり得ないほど高濃度の放射性ヨウ素が検出された。もう水道水を飲むことはできない。(N24より)

 ここでは日本のasahi.comとドイツのN24の報道内容を比較したが、両者が抱く危機意識の温度差は明らかだ。この例に限らず国内より海外の方が放射能汚染への危機感は鋭い。このことは「海外はチェルノブイリ原発事故と比較しながら考えている」と説明すれば想像しやすいだろう。日本政府と東電がいくら「チェルノブイリ原発事故ほどは深刻でない」とアナウンスしても、海外に対しては説得力を持たない。

 日本政府は市民の混乱を抑える必要があり、広範囲の市民がすべてを捨ててすぐに避難することも非現実的だ。「なすべきこと」と「なせること」のギャップの狭間で、リスクを最小にするべく苦汁の選択を迫られる。

 それに対してドイツをはじめとする諸外国は、客観的な情報を基に非当事者として冷静な判断を下すことができる。責任がないだけに正論や理想を主張できるが、その状況評価は時として冷徹で日本人が直視するには苦しいほどだ。

日本の原発事故の様子を伝えている(出典:N24)

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