商品は決して万人受けするものではない。「価値が判る人」を囲い込んでいく。そのために、エリアごとに確実に拡大する展開がとられた。通常品は誰もが手に取る商品。「堅あげポテト」は判る人に手に取ってもらう商品。手作り感や職人仕事という価値を共有できる人がターゲットなのだ。ターゲットは年齢の属性でセグメントするというより、価値感が重要である。それゆえ、当初は20代を中心としたヒットであったが、その後ユーザー層は40代にまで拡大した。
ポジショニングは「自分で買って食べるポテトチップス」。親から与えられたり、家人が買ってきたりしたものを食べるのではない。「親しみ」と「こだわり・通好み」はトレードオフの関係にある。あくまで後者のポジションを取るため、パッケージにはおなじみのジャガイモのキャラクターは存在しない。
大ヒットの兆しを感じる「堅あげポテト」には1点、大きな弱点があった。生産だ。
通常のポテトチップスは「じゃがいもの選別→水洗い・皮むき→スライス→水洗い→180度で2〜3分揚げる」という生産プロセスをとる。一方、堅あげポテトは「じゃがいもの選別→水洗い・皮むき→スライス→180度より低い温度で8〜10分揚げる」と、スライス後の水洗いをせず、じっくり揚げ時間をかけるという方式だ。その分、うま味は逃げないが、素材のじゃがいもの選別に妥協ができない。また、揚げ時間は生産効率に直結する。大量生産ができないという弱点になるのである。
「もっと作れば売れるのに作れない」というもどかしさが今度は襲ってきた。しかし、「うすしお味」「ブラックペッパー」の2種のフレーバーでエリアを広げて着実に売っていく。社内では焦らずじっくりと展開することが暗黙の了解になっていた。
そして、機は熟した。市場のニーズの高まりを受けて、2010年度についに「のり味」「コンソメ」の2種を加え、全国の需給担当者とともに、需給バランスの最適化を図り、市場ニーズとのミスマッチを解消した。
特筆すべきは、マーケティング要諦である「整合性」だ。そして、その整合性を生み出しているのは、「堅あげポテト」を支えようとする「社内ファン」の力に負うところが大きい。
「開発・マーケティング→生産→物流→営業・販売」という一連のバリューチェーンでは商品価値を市場に伝えるという目的で整合している。
マーケティングミックスの「4P」でも、商品価値を高め、保つことで整合している。
「私たちは、“ポテトチップスの1つのブランド”を作るのではなく、“堅あげポテト”というブランドを作りたかったのです」と、担当者は語る。
「新しい価値」を追求し、作り出した商品に誰よりも社内の各部門で関わる社員がファンになり、「分かる人には分かってもらえる」ということを確信して、各々が各々のポジションで地道な努力を重ねた。
新商品の開発やその成功にあたっては、社内の多くの人間が関わる。組織によって、営業が強かったり、開発が強かったりとさまざまなパワーバランスがあるかと思う。時に、その壁にぶち当たって、世に出ない商品も多い。しかし、バリューチェーンが1つの想いでつながれば、それは大きな推進力となる。
安直な精神論や理念論に傾倒するつもりはないが、1つの商品を社内の人間が愛し、全員プレイで世に新しい価値を提供したこと、それはすばらしい偉業のように思える。「営業が分かってくれない」「開発は市場を分かってない」……、社内政治の愚痴が始まればきりがない。まずは社内のファンを地道に増やすことから始める。シンプルだが、何か壁にぶちあたっている人には大きなヒントになる。あなたの商品、あなたのサービス、そしてあなた自身には、どれだけ社内にファンがいますか――。
東洋大学経営法学科卒。大手コールセンターに入社。本当の「顧客の生の声」に触れ、マーケティング・コミュニケーションの世界に魅了されてこの道 18年。コンサルティング事務所、大手広告代理店ダイレクトマーケティング関連会社を経て、2005年独立起業。青山学院大学経済学部非常勤講師としてベンチャー・マーケティング論も担当。
共著書「CS経営のための電話活用術」(誠文堂新光社)「思考停止企業」(ダイヤモンド社)。「日経BizPlus」などのウェブサイト・「販促会議」など雑誌への連載、講演・各メディアへの出演多数。一貫してマーケティングにおける「顧客視点」の重要性を説く。
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