日本の地図、塗り替える――社会人大学院卒業生の横顔ひと物語(1/4 ページ)

» 2011年08月29日 08時00分 公開
[GLOBIS.JP]

ひと物語

ひと物語はグロービス受講生や卒業生を取り囲む風景や現実を追い、ビジネススクールで培った知恵と羅針盤を手に、少しずつ歩みを重ねる姿をレポートする連載企画です。

※本記事は、GLOBIS.JPにおいて、2009年3月9日に掲載されたものです。ひと物語の記事はGLOBIS.JPで読むことができます。


 2008年12月2日。冷え込みが厳しくなった師走の東京。コート姿のビジネスパーソンたちが、有楽町にある国際会議場、東京国際フォーラムに吸い込まれていく。『NIKKEI 不動産マネジメントフェア2008』。いくつもあるセミナールームの一室が、人いきれでむせ返っていた。壇上には、日本土地建物に勤める石川聡さん(41)。不動産を経営戦略の中に位置づけるCRE(Corporate Real Estate)戦略という新しい概念を日本で広めており、業界紙などメディアで名前をよく見かける、不動産業界のオピニオンリーダーの一人だ。“話題の人”の声を聞こうと、この日は400人近いビジネスパーソンで、会場は満席だった。

「CREは直訳すれば企業不動産となりますが、その意味は、単に物理的な不動産という意味ではありません。不動産を企業経営の中に組み込んで、管理、運用を戦略的に行っていこうという概念です」

CRE戦略とは経営そのもの

石川聡さん

 企業の持つ不動産は、大きく4つに分けられる。工場や店舗などキャッシュフローを生み出す事業用。社宅や研究所など直接キャッシュフローを生み出さないもの。賃貸不動産など投資用に保有している物件。そして遊休地など直接投資に関係のないもの。これら全ての不動産を有効に活用していこうというのが、CRE戦略の基本的な考え方になる。

 企業不動産を取り巻く環境は大きく変化した。地価の変動が以前よりも大きくなり、価値が毀損するリスクが大きくなっている。減損会計をはじめとする会計制度の改革で、不動産を取得した時の価格と、現在の評価額の差分が表面化するようになったため、資産を効率的に運用することが求められる。そして、こうしたリスクや戦略について、“モノ言う株主”など企業を取り巻くステークホルダーに、説明責任を果たす必要が出てきた。

 さらに、昔とは比べものにならないスピードで、流通形態が変わり、消費スタイルが変わる。そのたびに企業は、経営戦略を立て直し、仕組みを変えていかなければならない。特に不動産が重く、企業価値に直結している小売、卸売、鉄道会社などは、不動産の保有形態などが、企業の経営効率向上や生き残りそのものに直結してくる。

 例えば、都心や市街地の一等地に構える百貨店業界。オフィスビルなら坪4〜5万円で貸すことができる立地にあるが果たしてそれだけの利益を出しているのか。もし出していないなら、オフィスビルにしてしまった方がいいのではないか。そもそも百貨店は郊外ではいけないのか。

 また、大手町や丸の内に本社を構え、高額な家賃を払っている企業は多い。そこで働いている従業員はそれだけの付加価値を出しているか。本当に都心に本社機能を置く必要があるのか。

 保有している不動産を持ち続けるべきか、賃貸すべきか、オフバランス化すべきか。コア事業に必要な不動産は、取得すべきか、賃借すべきか――。

 こうした問いに答えるのが、CRE戦略だ。

 全資産の含み損益や制約条件を把握する「現状把握」、それぞれの不動産の役割を明確にして、経営戦略の観点から評価する「スクリーニング」、具体的なアクションプランに落とし込んでいく「戦略立案・実施」、定期的な診断や見直しを行う「レビュー」、という4つのフェーズを経て、不動産の活用を継続的に実行する。

 石川さんが勤める日本土地建物(日土地)は、ここ数年、会社をあげてCRE戦略の考え方を広めてきた。2007年にはCRE戦略コンサルティング部が立ち上がった。開発や建て替え、売却などを前提とした営業ではなく、顧客にCRE戦略のソリューションを提供し、コンサルティングフィーをもらう。不動産業界では挑戦的な試みだ。

 石川さんはその先頭に立って、プロジェクトを引っ張っている。業界紙で連載を持ち、日本全国で講演に立つなど、会社の広告塔としても、周囲の期待は高まるばかり。

「上司からは『第2の石川をつくれ』なんて言われたりするんですが、僕の真似をしても仕方がない。やっぱり上から与えられるものではなくて、自分で考えて、楽しくて仕方がない何かを見つけないといけないと思うんです」

 そう言い切れるのは、自らもまた、道なき道を切り拓いてきたとの自負があるからだ。

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