日本の地図、塗り替える――社会人大学院卒業生の横顔ひと物語(3/4 ページ)

» 2011年08月29日 08時00分 公開
[GLOBIS.JP]

不動産の窓から経営戦略に陽を当てる

 不動産そのものと同時に、その上でやっている事業を評価する。そのスタイルを生かすチャンスが、次々と訪れる。

 200店舗を持つ地方小売の大手。それぞれの店舗がどれだけ収益をあげているか、という観点から使用価値を出し、マーケットでの市場価値と比べる。収益ベースの価値が低く、市場で売りに出した方がいい店舗がいくつも出てくる。「本当に店舗を存続する必要があるのか」と、鑑定士の枠を超えて、問題提起していった。

 知人を介して、大手流通企業の大型再生案件も舞い込んだ。店舗だけで全国に200件、その他の不動産も含めると400件という規模だ。

 それぞれの店舗の売上高や粗利益率から店舗が出せる収益性を計算し、そこから不動産価格を割り出すところまでを自社で行い、相場から見た土地の値段、建物の値段を外注、セットにして評価書に記入していった。再建にかかわる銀行団が最後の最後まで、収益性ベースの価格に強硬に反対していたが、最後はのんでもらった。

 日土地は、こうした石川さんの活躍に目をつけた。大手にはない、“ウリ”になるコンテンツとして前面に押し出していこうと考えたのだ。不動産会社としては珍しく、法人営業部を立ち上げ、個々の不動産にひもづく営業スタイルから、顧客と関係を構築し、ソリューションを提供する営業へとスタイルを変えた。

 こうして徐々に気運が高まる中、石川さんは、背骨となる考え方に出会う。それがCREだった。すでに欧米のビジネス界では日常的に口にされる概念だったが、日本ではまだ認識されていない。2005年に社外の有志とCRE研究会を立ち上げ、『CREマネジメント戦略と企業経営』を刊行。この本が大きな反響を呼び、2007年には三井物産戦略研究所など7社とともに、「CREマネジメント推進コンソーシアム」を設立した。

 日土地もこうした動きを後押しし、日本経済新聞にCRE戦略をPRし啓蒙する全面広告をシリーズで掲載。国も動き出し、2008年には、国交省がCRE実践の手引きなどを作成した。

 石川さんたちが投げた小石が、小さな波紋となり、官、民を巻き込んだうねりになりつつある。うねりが地形まで変えるほどになれば、日本経済へのインパクトは大きい。法人所有の不動産は国土面積のうち約14%を占めている。必要な人が持ち、不必要な人が手放す。土地分配の“最適化”がなされれば、日本の成長率を押し上げる大きな要因になる。

 「まだまだ緒についたばかりです。現場レベルでCRE戦略の知識があっても、それが経営幹部まで上がっていかないといけない。これは5年、いや10年がかりの大仕事なんです」

 例えば営業に行っても、「CREとは何ぞや」から始めないといけない。仕事もそう簡単にはとれない。ただそれを負け戦と考えずに、面会できた担当者から目一杯学んで帰って来る。部下から、「石川さんはどこへ行っても前向きですね」とあきれられるほどだ。

 ある企業を訪問した時。コスト意識が徹底しているため、無形のサービスに金を出す事にまったく反応を示してくれなかった。だが担当者が経営理念をそらんじる事ができることから、その企業が“一流”であることを感じ取り、根堀り葉堀り企業の内情を聞き取った。

 「もう来なくていいと言われるまで行き続けて、多くのことを吸収しようと。それが次の企業を訪問した時に、また生きてくる。誰かに会ったら何かを取るまで帰らない」

 小さな積み重ねが功を奏し、契約までこぎつける案件も徐々に出てきている。経営戦略にまで踏み込んで、不動産のソリューションを提供する。従来の不動産業の枠組みを大きく超えた試みが、徐々に認められつつある。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.